遺言書がいらないカカア天下。

サラリーマン家庭では遺言書がカカア天下。

遺言書の必要性を再三訴えてきて、今さら遺言書がいらないとは自己矛盾ですが、家庭内の権力構造によっては思いを込めて遺言書を書いても無視されるか生前破棄されることもあるのです。

家庭内の権力構造において、妻の権威・権力・威厳が夫を上回っている家庭を指すことをカカア天下と呼びます。こういう場合一次相続の被相続人である亭主は、生命保険被保険者契約者にはなれますが受取人にはなれません。それだけではなく遺言書の意味合いも違ったものになってきます。まともな話ではありませんので、何?それ!と思われるのも無理はありません。リラックスしてお読みください。

◆ 遺言書の生前破棄。

遺言書の生前破棄なんて笑い話にもなりません。また書けばよいのですが、家庭内での法的効力がないのです。生前に効力がない遺言書は死後においても重要視されません。

最近のサラリーマン家庭では核家族の延長で、夫婦2人だけの家族というケースが多くあります。そういう場合、嫁の家庭内における権力が最大化されます。相対的に亭主の家庭内での身分は低くなり古臭い表現で言えば、一応の家長ですが決定権のない足軽風情の位置づけになります。

その代わり妻である我が家の大蔵大臣兼財務部長は、家計における全権を握っていると言うになります。このパターンはよく見かける日本式核家族家庭の標準スタイルではないかと思います。ハリボテの亭主より、相続人である子たちや孫たちの支持率も高く、人気度ではとても勝ち目がありません。

こういう現象を一般的に「カカア天下」といいます。不思議なことですが、遺言書などなくても争族なしの不公平分割がスムーズに進みます。これは相続税がかからないサラリーマン家庭に身を置く、身分が低い被相続人にすれば、そんなはずはないと思いつつも内心では納得せざるを得ないことでしょう。

◆ サラリーマン家庭の亭主。

サラリーマン家庭の亭主などは、労多くして身分低しと言わざるを得ません。辛苦して忍従重なりし宮仕えに耐え、朝早くから夜遅くまで長時間働いても、家族はその後姿を見ることはありません。毎朝スーツを着てどこかへ出かけ、夜遅くに酒を飲んで帰る居候のようなものです。

それゆえの悲劇ですが、財布は妻に握られキャシュカードはもちろん、クレジットカードも持たしてもらえません。月3万円の小遣いで汲々としている亭主には権威も権限も、もちろん威厳ももとから宿らないようです。サラリーマン亭主としては悲しい話ですが、遺言書を書いても笑い飛ばされるか握りつぶされます。念のため申し上げておきますが、一般的な事例を紹介しているわけでありhokenfpのことではありませんから悪しからず。

◆ カカア天下は遺言書より強力。

いわゆるカカア天下は、日本の一般サラリーマン家庭の標準であり家庭平和の証です。亭主よりはるかに生命力の強い女房は亭主入滅後も二十年以上長生きするわけですから、老後に必要な資金も半端ではありません。家庭の財布を握って離さない気持ちも理解できます。

それやこれやで、サラリーマン家庭の一次相続においては、身分の低い亭主が多いため遺言書が一般化しない理由があります。被相続人たる亭主の死後に相続人に対して抑えが利くカカアがいれば、そもそも争族は起こらないのです。

相続を民主的にとらえ直した現在の民法こそが争族を激化させた要因なのです。権力者がいればそれがカカアであれ、長老であれカリスマ社長であれ物事は丸く収まるものなのです。カカア天下が、身分の低い被相続人が書いた遺言書より強力であるということは、実感からも明らかなことです。

◆ カカア天下まとめ。

理想のサラリーマン相続がカカア天下であるなどという法外な論法がまかり通るのは、日本と言うお国柄がまれにみる平和国家であることによるものだと思います。

国家的権力による支配者がいない民主的な国であるからこそ、権力は各家庭に分散しカカア天下という新たな権力構造を生み出したとも考えられます。

サラリーマン家庭では、財産がそれほどあるわけではなくても、不動産やいくばくかの銀行預金・生命保険などの遺産は残るものです。そうすれば相続人たる子は生活の足しになる相続財産をあてにします。

過去の記事で、親の財産を知らせたくない心理と知りたい子の心理について書きましたが、生命力が強いカカアが長生きするわけですから、カカアにとって自分自身の老後資金は確保しなければ安心できません。いつ死ぬか、老い先いくらかかるかわからないから節税無用という二次相続の心理はこの辺から出てきます。

カカア天下で相続問題が解決するかと言えば、それほどシンプルではありません。案ずべきこととしてカカア天下が失われる二次相続という問題は残ります。また死亡順位が逆転すると無力な被相続人たる亭主が残り、相続は混とんとする場合があります。そうはならないように順番は守っていただくことがよろしいようです。亭主にとって、端的に申し上げれば二次相続以後は手出しもできませんから、あの世で眺める他人ごとドラマと割り切っていただくことがよろしいようです。

生保、落日の「GNP営業」はミスリード。

日経記事|生保、落日の「GNP営業」はミスリード。

日経Financialセレクションのなかに、生保、落日の「GNP営業」という記事が掲載されました。さすがにこの内容はhokenfpとしては見過ごすことはできません。

落日とは沈みゆく太陽、意味を読み取れば物事の勢いが衰えることのたとえです。新聞記事でも週刊誌でも本文の内容とは必ずしも一致しない過激なタイトルをつける傾向がありますから、どうしてもミスリードになるようです。

タイトルの生保、落日の「GNP営業」とは、わかりやすく言えば生命保険営業ではGNP(義理・人情・プレゼント)営業は滅びゆく営業手法だと言っているのです。中ほどのサブタイトルは「非対面の解禁探る」とあります。非対面とはオンライン営業を意味します。

◆ 落日の「GNP営業」がミスリードな理由。

本文を読むとプルデンシャル生命の面談減少とソニー生命の非対面営業に関する投資の事例を挙げています。どちらの内容もアフターコロナの営業スタイルに非対面営業(オンライン営業)を加えることで営業活動のチャンネルを増やすということであり対面営業の原則を見直すというわけではありません。

タイトルだけを目で追うと保険業界全体がオンライン販売に移行するかのごとき誤解を生んでしまいます。実際、生命保険のインターネット販売は全体のわずか3.3%程度であり代理店や保険営業の面談による販売が基本です。

仮にオンラインで面談することになっても、少額ならあるかもしれませんが、最終的に面談なしで新規の生命保険を販売することはないでしょう。面談して直接に契約者および被保険者に合わなければ健康状態やモラルリスクが把握できません。

◆ オンライン営業の手法と顧客環境。

またオンラインで商品説明をしてもGNP営業がクロージングの最強の武器であることはなんら変わりません。GNP営業が落日を迎えることはあり得ないと言えると思います。

新型コロナ感染症の第2波の中で顧客を訪問することはやはり常識に外れる営業になりますからメールや電話、資料の郵送などはある程度有効な営業手法になると思います。しかし、オンライン営業を展開するにはzoomやSkypeのようなアプリに習熟する必要があります。これは顧客にとっては重い負担です。

訪問してくれるなら、時間もとりますが、zoomで説明すると言われれば知っている営業でも断るところです。緊急に必要となる節税保険なら時間もとりますが、それ以外の保障性保険商品の説明は急ぐ必要がないですから、オンラインでは面倒なのですね。

もしもオンライン営業で保険営業の熱意が通じて契約につながるケースがあるとすれば、面談チャンスを生かした密度の濃いプレゼン説明が必要になると思います。

◆ 保険営業の本質。

オンラインで面談するにしても保険営業の本質は同じです。保険販売においてGNPの効力が落ちることはそもそもあり得ません。むしろそこをどのようにオンライン営業に取り込むかがアフターコロナの保険営業の成否を分けることになるような気がします。

オンライン面談の弱点は情報不足です。ここで言う情報とは、相手に対する好き嫌いの判断に必要なかすかな表情や身のこなし、微妙な声の調子などです。どうしても全体的な雰囲気が伝わりにくいので、少ない情報で好き嫌いを判断することになるため“なじみ”が甘くなるのです。

またオンライン面談では、人に嫌われないド厚かましさが出しにくくなります。クロージングにかかる人間関係の瀬踏みや追い込みも、場の雰囲気に距離感が出るので保険営業としては読みにくくなります。

また個人でも法人でも顧客にとればzoomやSkypeで面談するのはエネルギーと手間が必要、保険の面談では面倒くさいだけでなく必然性を感じられないのです。

保険営業とGNPについて過去の記事です。
営業研修では決して教えない保険営業の本質をまとめてあります。

■テレワークに不向きな保険営業。

■押しのきかない保険営業の限界。

■法人保険|生き残りの方向性。

■保険はどれに入るかより誰に入るか、人で選ぶ不思議。

■買う側のプロがツボを伝授、保険営業必勝法。

◆ まとめ

保険営業には、現在すべてが最悪の環境であると言えます。こんな事態は過去になかったし想定もできませんでした。

そう言った中で日経新聞の記事をテーマにアフターコロナ、ウィズコロナの処方箋ともいうべき点について保険営業のあり方を検証してきました。

保険営業はオンラインであっても直接面談であっても根本は同じこと。保険契約は親しくなり信用と信頼を得てからでないと成立しません。それゆえオンライン面談は対面以上の関係づくりの精度を工夫することが重要になるでしょう。オンラインの面談に恵まれれば、それをチャンスととらえて自分のファンにするぐらいの準備が必要になるでしょう。とくにオンライン面談はアイコンタクトが重要だと思います。目は口ほどにものを言うというたとえもあります。相手に対する好意は目で伝えるぐらいの工夫が必要ではないかと思います。

保険会社は契約者の意向を考えずに非対面営業を推進するかもしれませんが、まず新規契約では通用しないでしょう。さらに既契約の保全でLINEを推進している保険会社もありますが、買う側としてはピンときません。

やはり生命保険は大きな買い物です。保険営業ではオンラインというのは補助的な手段で、それもある程度の人間関係ができてからという気がします。

遺言書の法務局保管開始、検認不要で費用激安。

遺言書の法務局保管は費用激安、自筆証書遺言が検認不要に。

2019年に民法が改正され、相続に関する大幅な改正が行われましたが、その中の「遺言書の法務局保管」がいよいよ7月10日から始まりました。何がどのように便利になって費用はいくらかかるのか、気になるところです。

これまでの自筆証書遺言のような家庭裁判所の検認を必要とせず、公正証書遺言のような手間と大きな費用がかかりません。これにより遺言書を書く方が増えれば相続での身内の争いも軽減されるというものです。

また自筆証書遺言の最大のリスクは、遺言書の破棄・改ざんです。法務局で保管されれば万全です。

民法の相続に関する改正のうち遺言書に関することは下記をご参照ください。

■改正民法2019|遺言書の法務局保管、PC作成。

◆ 自筆証書遺言の保管がなんと3900円の激安。

自分で書く遺言書を自筆証書遺言と言います。その遺言者が直筆で書いた遺言書を法務局に預けることができるようになりました。自筆証書遺言法務局保管制度といいます。法務局とは土地の登記や法人の登記、法人の印鑑証明などをあつかう法務省の出先機関です。自筆証書遺言は金庫に保管したり信頼できる遺言執行者に預けたりすることもできますが、国の制度として法務局が個人の遺言を預かりデータ化して保管します。

他にも公正証書遺言などの方法もありますが、遺産額に応じて費用がかなりかかりますし、証人2名をお願いして公証人役場に出向いて遺言の内容を申述することになりますので費用だけでなく手間もかかります。

ところが自筆証書遺言書保管制度の費用は、遺言書の保管の申請に関して遺言一件につきなんと3,900円なのです。これは申請だけの費用ですから、遺言書情報証明書(遺言の内容を法務局が証明する書類)などを相続人がとるときは1,400円などがかかりますが、それにしても激安です。サラリーマン家庭の遺言などでも、リーズナブルなコストですから利用者のすそ野が拡大すると思われます。

◆ 3,900円の激安で検認不要の遺言書。

法務省も3,900円でサンキューのダジャレを考えたわけではないしょうが、実際の感覚では4,000円と3,900円は、実質的には100円しか違いません。しかしスーパの特売価格の様にイメージ的には大違いです。

言葉足らずの部分を補うと、相続人の地位や関係を証明する戸籍謄本などの費用は、法務局の保管制度に限らずどの仕組みでも発生します。これは仕方がありません。

実を言うと、自筆証書遺言を金庫に保管しておいて、家庭裁判所に持ち込めば、申請書は800円の収入印紙で済んでしまいます。遺言書の検認証明書も150円という破格の安さですが、手続きがめんどうくさいのと最短でも一カ月以上、普通は2カ月かかると思っていた方がよいのです。

遺言書の法務局保管制度ではこの家庭裁判所の検認という煩わしい手続きを飛ばすことができます。そういう意味では3,900円はサンキューと言えるのではないかと思います。

◆ 遺言書の法務局保管開始まとめ。

遺言書は遺言者(被相続人)の直筆が原則です。民法の改正で財産目録はパソコンで作成することが認められるようになりましたが、遺言書の本文はご自身で書かなくてはなりません。

その点ではパソコンで作成した財産目録を書き直す手間は、そこだけ直して印刷すればよいですからとても簡単です。公正証書遺言でも自筆証書遺言でも元となる財産目録をきっちり作成する手間が大変なのです。生命保険や不動産、株式や銀行預金などの財産目録さえエクセルでできていれば、自筆証書遺言で法務局保管制度を利用した場合、公正証書遺言の手間から考えるとかなりの簡素化になると思います。

自筆証書遺言の3,900円をケチってタンスの引き出しや隠し金庫にしまっておくと遺言書の存在を見つけられなかったり、先に見つけた相続人が知らずに開封したり、果ては相続人が自分に不利な遺言書を廃棄するようなことにつながりかねません。遺言書がきっちり執行されるためには、遺言書の性格上、外部機関に預けて管理することはやはり必要なことではないかと思います。

老婆心までに付け加えると、遺言書の法務局保管制度も家庭裁判所の検認も遺言書の形式要件を確認するだけで、遺言書の内容に関しては関与しません。言い分があれば裁判で争ってくださいという立場です。また遺言書で指定したことは遺留分を侵害してまで認められるわけではありません。遺言書は書くときは遺留分に配慮し、出来上がった自筆証書遺言は3,900円をケチらずに法務局の遺言書保管制度をご利用ください。

まだ、これからの仕組みですから現実とマッチしない部分も出るかもしれませんが、こういう仕組みは随時修正され最適化されると思います。遺言書を書く気がなかったhokenfpですが、書いてみる気になりました。しかしよく考えれば自分が遺言書を書いても意味がなく、たぶん家内が書いた方が強力な遺言書になるように思います。

相続は兄弟でもめる不公平、説得できない親の理由。

相続では兄弟姉妹が不公平でもめるが、親にも理屈がある。

相続では被相続人である親の意志が優先されます。なぜなら相続財産は親のものであるからです。親にすれば慈(いつく)しんで育ててきたわが子ですから公平に財産を分けてやりたいという気持ちはあります。しかし相続では公平ということはもともとあり得ないと考えるべきです。

相続では兄弟姉妹が複数いれば、その配偶者も同じだけいます。いくら可愛くても長年の間に親としての好き嫌いや世話になった思いがありますから、その思いを反映した財産分けが親にとっての公平になります。でも兄弟姉妹にとってはまさに不公平であり、納得できるものではありません。ましてや相続が発生し親と言う重石(おもし)がなくなれば、兄弟姉妹が相続でもめることは避けられないところです。

 ◆ 遺言書が書けないフツーの家庭。

 相続での遺産分割は、遺言書などで親の意志を示すことができますが、なかなか遺言書を書けないのがフツーの家庭の相続です。相続税がかかるか、かからないかにかかわらず遺言書は争族を防ぐためには必要なのですが、財産が少ないから遺言書はいらないだろうと考える方が多いのです。財産が少ないほど争族は熾烈(しれつ)になるということは過去のデータが示しているところです。

 相続では親には親の理屈があるのですが、残念ながら遺産と言う棚ぼた財産を前にして、生活がかかっている兄弟姉妹には理解できるものではありません。もめることがないよう親が細心の注意をはらって相続対策をしたとしても、不思議に相続には配偶者やその知人などが出しゃばってきてもめ始めます。そうなると相続は混とんとし兄弟でもめるだけではなく、家族を巻き込んだ悲劇に発展することがあります。それゆえフツーの家庭でも遺言書が必要だと申しあげたいのです。

 ◆ 兄弟争族のなれの果て、兄弟は他人の始まり。

 遺言書も何もなくて相続人が遺産分割協議をしてもまとまらなければ、法定相続と言う選択肢があります。しかしそもそも法定相続になったとしても特別受益(とくべつじゅえき)や寄与分(きよぶん)を言い出すと、納得できない相続人にとれば公平な相続などということははるかに夢物語になってしまいます。相続人で主にもめることが多いのは兄弟姉妹です。「兄弟は他人の始まり。」とはよく言ったもので兄弟の争いは財産のことになるとことさらに根深くなります。親の思いをよそに兄弟は遺産分割協議で剣呑(けんのん)を極めます。結局、それまでの親せきづきあいを一切絶縁し、盆暮れも法事も顔を合わすことすらありません。親の墓参りも日をずらすほどの念の入れようです。そうなると親は墓石の下で涙しています。

◆ 兄弟でもめる理由、お金がかかる理由。

 親にすれば我が子は誰でも皆、目の中に入れても痛くないほど可愛いもの。孫に至っては目の中に入れて3回まわしても痛くないほど激カワなのです。そのわが子も成長して世間の荒波にもまれて人並にお金の苦労をすると人間として擦(す)れてきます。そこには欲得という仮面が張り付きます。普通のサラリーマンをしていれば、ボーナス以上のお金を一時に手にすることはまずありません。虎の子の退職金があってもローンの繰り上げ返済に消えてしまいます。

だれでも老後の資金は心配です。子供の学資や車の買い替え、家の修繕費用などまとまったお金がいります。大病すれば収入が途絶えることもあるかもしれません。お金やお金に変わるものはいくらあっても困りません。思慮深い思いやりのある人間なら道は譲るかもしれませんが、相続では人間性にかかわらず損得勘定が優先します。他人なら遠慮もあるかもしれませんが兄弟姉妹では感情露骨で本音の争いに発展しやすいのです。兄弟でもめる原因は、そもそも身内ですから感情の抑制がきかなくなるということのようです。

 ◆ 生命保険は受取人固有の財産、でも納得できない不公平。

 生命保険は相続対策としてはとても有効な手段です。受取人を指定すれば遺言書に書かなくても受取人固有の財産として受け取れます。しかし受取れない他の相続人にとれば、生命保険金は納得できない不公平と感じるのも無理ないところです。

 そこで生命保険金は特別受益だから相続財産に持ち戻して公平に遺産分割を求められたりするわけです。ただ他の相続人が納得できなくてもよほどのことがないかぎり、生命保険金は受取人の固有財産として認められます。もちろん相続税の対象になりますから受取人は納税する必要があります。

 ◆ まとめ

相続では兄弟がもめることがよくあります。生前の親の意向や配慮にはお構いなく双方の主張が繰り返されます。

相続での財産分けは、相続人全員が納得する分け方などあろうはずがありません。兄弟姉妹でも遺言書があればまだ渋々でも治まるところがあります。

 しかし遺言書がない相続では、言ったもの勝ちの風潮があります。親の世話をしてきた子もいれば、生前にローンの援助を受けた子もいます。親にしてみれば生前の子への支援は、それぞれに内緒にすることが多いので遺産分割協議では暴露合戦のようになることもあります。親は自分の財産の内訳はできるだけ子らに知らせないで自分の思い通りにしたいと考えますから、親に相続税の節税対策を提案しても先送りされる理由がここにあります。

 相続とは遺産分割とは言いますが、要するにお金の奪い合いです。これが兄弟となると遠慮がないだけに激しくなります。はるか彼方に見える円満相続の難しさを実感することになります。

 被相続人たる親はあらゆる思いを込めて遺言書を書こうとします。しかし人間は生き物ですから突然の事故死ということがあります。また大病をすれば気力がなえ、相続などは意識の中で重要度が下ります。はっきり言って自分の死後のことだからどうでもよくなるのです。それまでは税理士さんに相談して着々と相続対策をしてきた経営者の方でもある程度の高齢になるとエクセルは使えない、文字は見にくくなるなどで財産目録の整理をするのが億劫になるのです。多くの場合、老化は自覚しないうちに物忘れから認知症のリスクへ進んでいきます。そこに遺言書が書けなくなる親の理由があり、遺言書がないばかりに相続で兄弟がもめる原因があります。