保険営業のノルマがなくなれば、保険会社はオワの理由。
保険営業は、保険会社所属の営業職員もしくは保険代理店の営業を指します。オワとは終わりの略語です。一方ノルマは、Wikipediaによると語源はロシア語のようです。ソビエト連邦で社会主義企業において労働者に課せられる標準作業量、いわゆる時間的ノルマ、および生産高ノルマを指したということです。信ぴょう性は保証しませんが、過酷な労働で多くの犠牲者を出したシベリヤ抑留者が日本に伝えたそうです。
ノルマは、標準作業量というような意味ですが、歴史的背景から単なる目標という意味を越えた、過酷な目標というイメージが付きまといます。
シベリヤ抑留と保険営業はそもそも比較するようなものではありませんが、最近では、ノルマは悪というイメージが拡散し保険会社の一部では、ノルマを廃し、固定給プラス成果賞与型に移行するという記事を目にします。
ゆえにあえて保険会社に直言すると、昨今の報道される生命保険会社の情報や事業戦略の方向性を見るにつけて、生命保険の販売を生業とする企業としての本質的なところを見失っているとしか思えないのです。
保険営業の敵か味方かわからないような意見になりますが、買う側からの意見としては、若干辛口で申し上げたいところです。リスク慣れしていない現代社会における生命保険の社会的役割を考えると、一言わずにおれない悲しさです。
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◆ 保険営業のノルマと社会的役割、リスク認識。
保険会社の事業戦略は、保険を販売する保険営業のスタンスや考え方にも多大な影響を与えます。生命保険の販売では多くの場合、興味がない顧客を見込客に育てる手順が必要です。損害保険のようにいきなり生命保険が売れるということは、それほど多くはないのです。
人間は知らない他人には冷淡です。まして保険営業ということであれば面談のチャンスを作ることさえハードルが高くなります。持論ではありますが保険営業は、生活をかけた自分の気後れとの戦いなのです。形のあるものを売る営業と異なり、誰かが背中を押し、プレッシャーを与え続けないとモチベーションを維持できないのです。
保険会社には、ノルマ以前に非情な締切というものがあります。期限までに契約を上げないと給与や資格に直結します。何としてもあと一件できなければ降格、退社という場面もあるのです。上司がことさらに朝礼などでプレッシャーをあおらなくても、締切までに結果が出なければ生活ができなくなるというような、無言の圧力を感じる仕組みになっています。
そこまで厳しい保険営業の世界であるからこそ、甘い営業は淘汰され、できる営業は、顧客のリスクに踏み込んで理解頂き、契約を取ることができると言えます。覚悟ができていない固定給の平穏な営業にこの踏み込みはできないでしょう。
その一歩を踏み込む保険営業がノルマを達成し、成果を上げることで保険契約者は増えていきます。
保険会社は今一度、生命保険がすすめられなければ自分で進んで入れない、特殊な商品であるということを理解すべきです。自分とその家族、あるいは経営している会社のリスクに気付くためには、身近に保険事故を見聞きするとか、誰かにリスクをこんこんと説明されないと理解が深まらないのです。
◆ 生命保険会社の固定給化の苦悩。
コロナで顧客訪問が難しくなり、保険営業に課せられるノルマが問題化したことにより保険会社の給与体系は、成果報酬型から固定給プラス成果賞与型に移行する会社が出てきました。
保険の営業管理としては、まったく甘くなるでしょう。成果が出なくても食べていけるだけの給料がもらえて、馘にもならないなら保険営業は楽な商売になります。
営業はもともと糸の切れた凧のようなもので、一歩会社を出れば自由です。自己制御ができなければたちまち成果に現れます。
極端な事例で申し訳ないですが、日報や活動手帳など慣れれば一週間先まで記入することができます。保険営業はぬるま湯につかっていては生き残れません。気が付かないうちに、茹でガエルになることに気付かせるマネジメントが必要なのです。そのためにはノルマ管理と叱咤激励が必要になります。
今期で転勤する国内生保の営業部長が嘆いていましたが、管理がやさしくなるにつれて反比例のようにどんどん業績が下がるというのです。これは営業というよりむしろ人間の本質です。コロナ禍で業績が低下して売上が低迷する本質的な原因が見えにくくなっているということはあります。でも保険営業の最前線で苦吟した経験がない社長が来ると、誤った方向性を打ち出して悦に入ってしまうのです。固定給プラス成果賞与型で保険営業の目標とする成果は期待できないと言えます。
それは、保険営業の問題だけにとどまらず、保険契約により本来契約者になるはずであった顧客がリスクヘッジできたかもしれないチャンスを失っています。保険はすすめられなければ入れないものであり、リスクは身近に感じないとわからないのです。生命保険は営利事業であるという反面、相互扶助であるということを考えるなら、保険営業の使命と社会的役割を再認識すべきなのです。
◆ 壁を越えられない保険営業はノルマと自己欺瞞に負ける。
保険営業をしていると自己欺瞞(自分で自分の心をあざむくこと。 自分の良心や本心に反しているのを知りながら、それを自分に対して無理に正当化すること。 )の壁に行き当たります。それに対して信念と忍耐で耐え抜けるかどうかということが問われます。
本当に顧客の立場に立ち顧客の利益とリスクヘッジを考えて、より良い提案をしているかどうかを自分に問いかけると疑念が湧いてくるのです。自覚はしなくても、本心から欲しいのは成果であり、ノルマをクリアし会社に報告できる今月の一件です。その結果、夜討ち朝駆けのお願いモードに入るのです。こうなると保険営業が辛くなるばかりか、自己嫌悪まで出てきます。まさに自己欺瞞であり自己矛盾です。
自己欺瞞を自覚して壁を越えられないと、保険営業は続かずに転職もやむなきとなります。保険営業をやめた後も夢にでてくるほど保険の締切プレッシャーは人を追い込みます。しかしその圧力が保険営業を行動させ、ノルマを克服し生活できるだけの収入を生み出します。
その保険営業の苦労が社会に役に立っているのです。顧客との関係に踏み込んで、リスクを理解していただくという役割が保険営業にはあります。ただの一見さんで終わる甘い営業では、保険が必要な顧客に届きません。顧客のリスク認識の壁が破れないのです。
◆ 保険営業は個人事業主、ノルマ以前に成果報酬型が基本、まとめ。
保険営業は多くの場合、食えない程度の固定給をベースにした成果報酬型が基本であり、経費は自分持ちの個人事業主です。保険営業の評価においては、プロセス評価や貢献度評価などは意味をなしません。
結果が出なければ、収入が確保できませんからノルマ以前に生き抜くすべを考えなければならないのです。いかにのんびりした保険会社でも契約のとれない保険営業に支払う費用は、ないと考えるべきです。
保険営業にとり、保険契約を成約できるかどうかの成果がすべてです。保険会社も表向きは体裁も必要でしょうが、社会貢献や働き方改革などと生ぬるいことを考えていると食いはぐれます。営利目的の法人であれば、儲からないことはやってはいけないのです。なぜならそれは既契約者への不利益につながるからです。
日本の国内では、自動車保険は100%だと思います。無保険車が公道を走っているようなことはさすがにないと言えます。しかしいかに保険好きの国民性でも生命保険の契約率は、生命保険文化センターの令和元年度の調査よると、男性で81.1%、女性で82.9%となっています。保険契約率は高くても、今や生命保険は多様化し遺族となる家族の生活保障とならないチンケな生命保険や元を取れない医療保険が大手を振っています。本当に必要な保険はまだ足りてはいないのです。
生命保険の役割は、働き盛りの家長の万が一に備えた、家族の生活保障です。そこまで理解したうえで、顧客に真に役立つ生命保険を売るためには、使命感と締切りを乗り越える覚悟が必要です。保険営業は生半可な覚悟ではつとまらない、そのことを理解すれば、ノルマがどうのこうのと言っている甘い管理がいかに経営を圧迫するか考えるべきです。そして結果的に保険営業が本当に保険の必要な顧客に、適切な生命保険を販売するチャンスを失うことになるということが、理解できるのではないかと思います。
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