暦年贈与の全面廃止は保険営業を直撃するか?
2022年度の税制改正大綱では、暦年贈与で使われる贈与税の年間非課税枠110万円が廃止される可能性について取りざたされていましたが、「本格的な検討」という文言だけで具体化は見送られました。
しかしこれが見直しされると相続税対策として生前贈与を考えている資産家だけでなく、暦年贈与話法で節税メリットを売り込んできた保険業界や不動産業界などでは大きな影響がありそうです。
2023年度の税制改正大綱でどのような改正を打ち出してくる可能性があるのか、今からできることは何か、生前贈与に網をかける税制の大改革を庶民視点で分析してみました。
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◆ 暦年贈与の全面廃止、相続税と贈与税の一体化の目的は?
暦年贈与の全面廃止とは、年間110万円まで認められている暦年贈与の非課税枠が廃止されるかもしれないという意味です。税制改正大綱では「今後、諸外国の制度も参考にしつつ、相続税と贈与税を一体的に捉えて課税する観点から、現行の相続時精算課税制度と暦年課税制度のあり方を見直すなど、格差の固定化防止等の観点も踏まえながら、資産移転時期の選択に中立的な税制の構築に向けて、本格的な検討をすすめる。」と小難しく言っています。
要するに今の贈与に関する税制は資産家に有利だから富の再配分という視点で、公平性に向けて外国の真似をして相続税と贈与税を一体化するというわけです。そのためには暦年贈与の非課税枠110万円を廃止して相続時精算課税制度のように相続のときに贈与はまとめて課税しますと言うことです。
ただ、資産家だけが影響を受けるわけではなく、相続税の基礎控除が下がったおかげで庶民のなかでも、相続税のボーダーラインにいる小金持ちに影響が大きいと考えられます。確かに資産家と庶民との格差を縮小するという目的にはかなっていると思いますが、保険業界に限らず難しい問題が山積していると思いますのでそう簡単にできるとも思えません。
◆ 相続時精算課税制度と暦年課税制度のあり方を見直す。
今回の見直しで予測されるパターンは、贈与の非課税枠の廃止により相続税と贈与税を一体化して相続時にまとめて課税する相続時精算課税方式と生前贈与のもち戻し期間を現在の3年から5年か7年に延長する方式が考えられます。
もち戻し延長方式は段階的な手法であって最終の目指しているところは米国方式の無期限もち戻し方式ではないかと思います。
無期限もち戻し方式とは、まさに相続時精算課税制度と暦年課税制度のあり方を見直し、相続時精算課税方式に一本化するということではないかと思います。これにより生前贈与による節税効果はほぼなくなります。
相続時精算課税制度を強制的に適用しさえすれば、相続税と贈与税の一体化は自動的にできることになります。ただ相続時精算課税制度をそのまま適用することは無理がありますから、仕組みとしての調整は必要になります。2500万の非課税枠も2割の贈与税の仮納税も見直して、新しい形での相続時精算課税制度になろうかと思います。従来の相続時精算課税制度をそのまま残し、別枠で相続時贈与税清算制度を導入するかその辺はわかりませんが、最終的な形としては暦年課税制度が相続時精算課税制度に一本化される可能性があるというわけです。
◆ 暦年贈与話法が使えなくなると贈与税を覚悟した保険料贈与。
最も影響を受けるのは先に書いた通り、相続財産が基礎控除ぎりぎりの庶民世帯ですが、それにも増して生命保険業界の影響は甚大だと思います。もし暦年贈与が改正されれば、保険料を毎年非課税の範囲で贈与して生命保険契約を締結するスキームが節税効果というセールスポイントを失います。さらにはこの改正では既契約に影響があることは避けられません。
非課税のつもりで贈与している保険料が将来的に相続税の課税対象とされますから、話が違うということになりそうです。
暦年贈与で相続税がかからないレベルまで親の財産を減らす節税対策がとん挫してしまいます。かと言って生命保険は途中解約をすれば解約返戻金が少なくなり損失が発生することがほとんどです。相続税を覚悟して生命保険を継続するよりなさそうですが、トホホの結末になります。保険を売る側の営業も節税策として、保険をおススメすることができなくなりますから今後は戦術転換が必要になります。
◆ 狙いは最後の砦、生命保険の非課税枠500万か?
今回の税制改正の方向性に限らず、国家の税収を増加させる方針がより鮮明になってきた結果だと思います。
バレンタインショックに始まる一連の保険業界への締め付けは国税庁の意向ですが、その流れと暦年贈与の全面廃止は同じ根にあると言えるのではないでしょうか。
危惧すべきは、その先に見えている、生命保険の死亡保険金の相続時の非課税枠の500万の見直しです。生命保険業界が死守したい最後の砦が生命保険の非課税枠500万だと思います。自民党の税制調査会と言う組織は、国税庁や金融庁とは立場か違いますから、国政選挙が近づくと業界団体に配慮する傾向はあると思います。
それにしても、生命保険の非課税枠500万が見直されるとなれば、保険業界は言うに及ばす、相続税のボーダーラインにいる庶民が一気に相続税対策に巻き込まれてしまう可能性があります。生命保険の非課税枠500万がなくなるという可能性を論じているだけですから、相続をお急ぎになるような早とちりなどなさらないようにお願いしておきます。
◆ できることは最後の駆け込み生前贈与。
贈与の線引きはとても難しいことになりそうです。家族の必要経費か、あるいは扶養の範囲はどこまでかという、さすがに見解の相違が山盛り予想されます。また贈与記録の長期保存をどうするかという問題もあります。
贈与税の基礎控除を廃止して教育資金・住宅取得資金・結婚・出産・育児資金の一括非課税贈与が残ることはないと考えられます。まさか遡及はしないと思いますから、最後の駆け込みは価値があるかもしれません。
節税対策として今後は不動産投資に傾倒する可能性があり、目立たないように現金バラマキ贈与、扶養などの必要経費を大目に見ていくしか手はなさそうです。そうなると医療費控除のように、一定額以上の場合に支払先がわかる領収書保存義務が出てくるかもしれないですね。
実施時期は決まっていませんが、これだけコロナとウクライナに資金をつぎ込むと税収が厳しくなりますから、それほど遠くない時期と推測されます。2023年度税制改正大綱で方向性が示されれば、最短で2024年1月1日から実施ということもあり得ます。とすれば2022年と2023年は最後の駆け込み期間になりますから、相続税を払う可能性がある方は、少々贈与税を払うことになっても、できるだけ多く贈与するに越したことはありません。
◆ 暦年贈与廃止が保険営業を直撃、まとめ。
社会通念上相当と認められる費用というあいまい表現を具体化すると、教育費、扶養にかかる費用、香典、お年玉など普通に暮らしていれば通常必要とされるものは贈与税の対象ではありません。
ですが、この線引きは、資産家と庶民ではかなり見解の相違に個人差があると思います。子供にベンツを買うのは普通という家庭もあれば、原付バイクでも特別な贈与になる家庭もあります。
また相続・贈与の一体化にする前の経過的な措置として持ち戻し期間が延長になれば、当人たちが、自分たちでしっかりと忘れないように、贈与額を管理する必要があります。これも面倒で、ついつい領収書は捨ててしまいそうです。
現行では、生前贈与の3年内もち戻し加算ルールが存在します。これは、生前贈与をしてから3年以内に亡くなった場合、相続税の計算上3年以内に贈与した財産も加算して相続税を計算するという、駆け込み贈与は許しませんよと言うルールです。これは相続人以外の孫やひ孫には適用されないので、先行き危ない時の駆け込み贈与は孫にすれば、もち戻しはありませんが、これはもち戻し期間の延長ということにでもならば、許されませんから贈与による持ち戻しの対象に孫やひ孫が含まれるように改正することは間違いないと思います。
相続・贈与一体化の狙いは、お金持ちの高齢者世帯の資産を若い世代へ移行させて消費を活性化することで景気回復を目指すことにあります。果たしてそううまくいくかどうかはわかりませんが、抜け道がなければかえって停滞するような気さえします。
相続時精算課税制度に移行するというのであれば、贈与するのは現金に限らず、将来的に評価額が上がりそうな不動産や株式ということは考えられます。また贈与した物件が利益を生み続けるような賃貸物件の贈与も有効な手法かと思います。
何にしても見かけ以上に影響が大きいことは間違いありません。ただ相続税がかからない方であれば110万以下ということは関係がなくなり、自由に贈与しても最後に相続税がかからなければ贈与税のことを気にかける必要がありません。うれしいような貧しいような気分です。
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