相続税がかからなくても遺留分の大問題。
相続税がかからないフツーの庶民の相続でも、遺留分に対する権利の主張がまかり通ります。どの相続人にも、相続放棄しない限り、民法で定められた遺留分の権利があります。その結果、争族は熾烈な身内の争いに発展しがちです。
親が遺言書で遺産分割を指定したとしても、同居する長男だけにすべてを相続させることはできません。
相続はその家庭内の問題ですから、相続人が納得していれば問題になることはありません。しかし、遺留分に不満がある相続人がいれば、往々にして争族の原因になります。
たとえ相続税がかからなくても、特別受益を含めた遺留分の問題は、円満な相続の障害になることがあります。遺留分のイロハから、時効までじっくり解説します。
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◆ 遺留分とは、基本的な権利。
遺留分とは、法定相続人に最低限保証された相続財産を取得する権利です。法定相続人は配偶者、子、両親、兄弟姉妹ですが、兄弟姉妹には遺留分はありません。
法定相続人を厳密に定義すると、下記のようになります。
①配偶者、必ず相続人
②第1順位、子とその代襲相続人(直系卑属と言います。)
③第2順位、両親等(直系尊属と言います。)
④第3順位、兄弟姉妹とその代襲相続人(遺留分はありません。)
被相続人による遺言書によっても、遺留分の権利は奪うことはできません。遺留分に配慮していない遺言書は、遺留分侵害額請求が優先されます。
・遺留分は法定相続割合の半分。
民法では、遺留分は法定相続割合の半分に指定されています。ただし配偶者や子がいなくて直系尊属だけが相続人の場合は、相続財産の1/3が遺留分となります。
たとえば、相続人が両親だけという場合、相続財産の全てを氏神様に寄付するという遺言書があっても、両親は遺留分の1/3を相続する権利があることになります。
配偶者の法定相続割合:1/2 その半分が遺留分1/4
子の法定相続割合:1/2 その半分が遺留分1/4
子が2人の場合の法定相続割:1/4 その半分が遺留分1/8
配偶者の法定相続割合は常に1/2ですが、子が2人以上いる場合などは、均等に等分します。
遺贈も死因贈与も遺留分侵害額請求の対象となります。
■相続人以外への遺贈は2割加算、生命保険の受取人が孫なら2割加算 。
特別受益以外に生前贈与した財産は、相続開始前1年以内の財産も遺留分侵害額請求の対象に含まれます。また贈与者と受贈者の双方が遺留分侵害となることを知って贈与を行った場合には、1年以上前に行われた贈与も対象となります。
◆ 遺留分侵害額請求とは?
以前は、遺留分減殺請求と言っていましたが、2019年の民法改正から「遺留分侵害額請求」という言い方に変わりました。
これは、遺言書などで遺留分を侵害された相続人が、他の相続人に対して遺留分を返還してもらう手続きです。侵害額というように、現金で弁済してもらうことができるようになりました。
ただ侵害額を請求される相続人は、面白くないというか、腹が立つかもしれません。いかに法律で定められた権利が遺留分であるとしても、被相続人の意思であり、請求される相続人にすれば自分が侵害したわけでもないので、納得しがたいところがあるかもしれません。
お互いが納得できなければ訴訟になることもあります。お金も暇もかかりますから、早々に手打ちすることが利巧というものです。
しかしそれが許せないのが、争族たる所以なのだと思います。
遺留分侵害額請求が認められれば、相続の取り分が変わりますから、納税がある場合は何かと込み入る可能性がありそうです。
一番よいのは、やはり遺留分を侵害することがない遺言書を書いておくことが大事なようです。
◆ 遺言書に優先する遺留分。
遺留分を一言で言えば、相続人に認められた法定相続の半分を受取る権利です。相続人であれば、多少親不孝でも出来が悪くても遺留分をもらえる権利があります。
家を出てから盆暮れにも帰ってこない、帰ってくれば金の無心かトラブルのような、寅さんのような人でも遺留分の権利はしっかり守られています。
おいちゃんとおばちゃんの遺産は姪御であるさくらに全部相続させると遺言書で書いても、寅さんは1/4を遺留分として相続できるわけです。
遺言書で財産分けを指定しても、遺留分の権利は侵害することができません。遺言書より優先する権利が遺留分なのですね。
親不孝ものでも遺留分は法的権利と申し上げましたが、遺留分の権利を放棄させることはできないのでしょうか。また出来の悪い身勝手な推定相続人を廃除できるのでしょうか。
■相続で遺留分の放棄をさせることはできるか、その意味と手続き。
どちらも仕組みとしてはありますが、実際的にはハードルが高くとても難しいと言えます。ですから、遺留分は遺言書に優先する最強の権利だとお考え下さい。
◆ 遺留分侵害額請求の時効は1年。
遺留分の権利を主張することができるのは、遺言書で自分の遺留分が侵害されていることを知った日から1年とされています。遺留分の権利を本人が知っていたかどうかは自己申告です。
どうでも言い訳可能ですが、遺留分という制度そのものをしらないと言うケースもあります。
誰も教えなければ権利の主張はできません。しかしずっと後になってから誰かに入れ知恵され、遺留分の権利を主張されるとやっかいです。やはり遺産分割協議で決着させておくべき遺留分です。
相続開始と遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知ったときから1年、留分侵害を知らない場合、相続開始から10年経過すれば時効となります。
兄弟姉妹に遺留分がない件は下記に詳しく書きました。
◆ 遺留分計算の特別受益には時効が10年。
特別受益の持ち戻しには時効がありません。しかし遺留分の計算をする場合、特別受益の持ち戻し範囲は相続発生前の10年に限られます。
「他の相続人に明らかに損害を加えることを意図した生前贈与」は特別受益の持ち戻し時効の対象外ですが、証明することは簡単ではなさそうです。
また特別受益の持ち戻しの免除の意思表示は、遺言書や遺産分割協議では有効ですが、遺留分の計算上は無効となります。
そうなると生前の株価の安い時期に、自社株贈与を後継者一人に集中した場合などにリスクとなります。
自社株贈与の憂いを完全に除去できる「除外合意」や「固定合意」という事業承継のウルトラCもあります。
・除外合意と固定合意は事業承継の最後の砦。
除外合意や固定合意とは、中小企業の事業承継において自社株後継者に贈与する場合、特別受益とみなされてもち戻しになり、遺留分侵害額請求の対象とならないようにする手続きです。
これは、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律のなかの「遺留分に関する民法の特例」によるもので、これは生前の手続きが必要です。
除外合意:先代経営者から後継者に贈与された自社株式や事業用資産を、遺留分算定の基礎財産から除外する制度です。
固定合意:先代経営者から後継者に贈与された自社株式の評価額を合意時の評価額で固定する制度です。
意図せずに遺留分を侵害してしまうような遺言書にならないよう、遺留分に細心の注意を払い、配慮した遺言書が必要な訳です。
・遺留分権利者が先に死亡するとその権利は?
遺留分権利者が時効前に死亡した場合、その権利は二次相続の際に遺留分権利者の相続人(兄弟姉妹を除く)が受け継ぎます。
そのため、一次相続で請求されなかった場合でも、二次相続で遺留分侵害額請求される可能性があるのです。先の例で、父親の相続のときに母親が遺留分を第3者に侵害されていた場合を想定してみましょう。
母親が遺留分侵害額請求をしないまま時効前に死亡した場合、子どもが遺留分の権利を相続します。母親は遺留分請求の意思がなかったとしても、権利を受け継いだ子どもは遺留分侵害額請求をすることができるのです。侵害者は、侵害された当人(この場合は母親)が死亡しても請求を免れるわけではありません。
◆ 遺留分の大問題、まとめ。
財産が少ない家庭ほど相続ではよく揉めるというのは、実際の事例でも統計データからでも明らかです。
遺産というのはよく考えれば形こそいろいろですが、結局はキャッシュと同じことです。遺産分割協議では目の前に一万円札が積み上げてあり、その分捕り合戦をしていると思えば、間違いありません。
たとえば単純に、何の責任も負わずに100万円の札束が棚ぼたでもらえるとしたらこれほどありがたいことはないのです。相続とは金、そういうことですから、簡単に譲歩できないし骨肉の争いにもなるわけです。
財産が余るほどあれば、100万ぐらいの現金であれば兄弟喧嘩するくらいなら譲ってしまうかもしれません。しかし生活に困窮していれば、喉から手が出るほど欲しい当座の現金です。
それゆえに相続では迫害され、遺言書では無視されて、法定相続分すらも相続できなかった相続人の最後の砦として遺留分があります。
・すべての人は予定相続人であるし、遺留分がある。
すべての人はいつか相続人になる必然性があります。相続税がかからなくても相続はあります。相続があれば遺留分は額の大小は別にしても必ずどこにもあるわけです。
そしてその相続人に保証されている権利が遺留分だとすれば、これは相続税がかかるかどうかを越えた、相続上の大問題と言えるのではないかと思っています。
他の相続人である子の兄弟姉妹の遺留分に配慮して、遺言書を書けばよいのです。しかし相続で分けるものが、不動産だけという場合や、生命保険による代償分割などの準備ができていない場合は大変です。
住んでいる家は売却できないので、分けられる現金が足りないとやはり争いが泥沼化し、家庭裁判所まで行く例が多いようです。
・相続関連の知識武装が身を守る。
そういう時代だからこそ、被相続人も相続予定者も相続関連の知識で武装しておく必要があります。知っていると知らないとでは、遺産分割協議や遺言書の内容を相続人で確認するときに大きな差が出ます。
相続の知識があれば、専門用語を駆使してその場を押し切ってしまうこともあり得ます。よいか悪いかわかりませんが、時代が相続税のかからないフツーの庶民にまで、遺留分などの専門知識を求めていると言えると思います。
家制度が崩壊し、個人の権利が増大した結果、平等という権利意識が争族を激化させている面があります。田舎では、今でも嫁に出した娘や独立している次男などが相続に口を出すと煙たがられます。
仲のよい家族、親族でも被相続人たる親が亡くなると抑えが利かなくなり、言いたい放題になることもあります。
今ではネットで検索すれば、相続関連の情報はいくらでも手に入ります。遺留分や生前贈与、特別受益の持ち戻しなどの専門用語も詳しく解説しています。
相続人として主張できる権利を確認できます。また専門の税理士や弁護士を探すことも、ネットで簡単にできる時代です。遺留分の問題もまた争族の火種として拡大していくように思います。
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