お盆にゆっくり遺言書を、なかなか手が付けられないのが遺言書。
日頃は書かねばと思いつつ手付かずになっている遺言書を書く心境になるのがお盆です。
とても日本人的な心境ですが最近は簡素化されたというもののお盆は生死観の凝縮された一つの文化的な行事です。そのお盆にじっくり遺言をまとめるというのも意味があるというものです。
遺言書の必要性は十分すぎるほど理解して事業承継の円滑化には避けて通れないことも頭ではわかっておりながら不思議に書けないのです。
自分のことは自分が一番よくわかっている積もりでもそうはいかないのがこの世の常です。自分の最後、死に関わることですから頭の中に書きたくないという部分が残っていてブレーキになっていることは薄々感じているといったところですね。
それをまだ財産の一覧が整理できていないからとか、書き方がいまいちよくわからないからとか言い訳にならない言い訳をして先送りします。
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◆ 遺言書は元気知力も体力もあるうちに書くべきものです。
身体が弱ってきて病気がちになれば気力が衰えます。焦りはあっても遺言書はますます難事業になってしまいます。
そういうわけで遺言書の書けていないオーナー経営者はお盆にじっくり腹積もりを決めることをおすすめします。
不思議なことですがお盆には気持ちが整理しやすい空気があります。きちんと書けなくてもいいので書き始めること、箇条書きにでも言い残すべきことをあげてみることです。とにかく始めれば考えはまとまってくるものです。
◆ ご承知の通り何と言っても遺言書だけは人任せにできません。ご自分で考えて自作するほかないのです。
万が一遺言書がなければ法定相続になります。法定相続になれば経営権を集約するのは難しくなります。
何度も書いてきていますが相続では相続人がそれまでの人間性を置き忘れて別人になるリスクがあります。また遺産分割協議が円満にまとまると限ったものでもありません。
その結果これまで粉骨砕身、自分が経営者として営々として築いてきた分身ともいえる会社とその従業員が守れますか。
ステークスホルダーに対する責任が果たせますかということです。
◆ 経営者の遺言書は影響を与える範囲が広くてとても重いのです。
自分では健康なつもりでも高齢になると何があるかわかりません。そんなことは周りの同年齢を見れば何よりよくわかります。
それ故に遺言書は元気なうちに、できれば今年のお盆に、と申し上げたいのです。
そこまでアドバイスしておきながら、あと一押しができずに認知症に進んだ経営者がおられます。
「遺言書は今年のお盆に、そこまで言う理由をまとめました。」への5件のフィードバック