生命保険の支払調書が危ない理由。

生命保険の支払調書が危ない理由。

生命保険の契約者変更(名義変更)に関する支払調書の改正(平成30年施行)の影響が、意外に大きいのです。契約者を変更すれば、生命保険契約の贈与になります。

贈与ということになれば、基礎控除の110万円を越える部分は贈与税の対象になります。税務署は支払調書により課税対象を把握し、適正に申告されているかどうかを確認しています。

保険会社は、ルールに従い保険金や解約返戻金などを払うと、税務署に支払調書を提出する義務があります。どういったときに支払調書が発行され、その内容がどのように改正されたか、影響範囲を含めて検証しました。

・ 念のための用語説明。

契約者=お金を出すひと、契約の所有者(変更できる)
被保険者=体を出すひと(変更できない)
受取人=保険金をもらう人(契約者が指定・変更できる)
保険料=保険会社に払うお金
保険金=保険事故のとき保険会社から受取るお金
保険事故=死亡などの保険金支払い事由に該当する事故
解約返戻金=解約した時に残っていれば受け取れるお金
契約者変更=名義変更
支払調書=特定の支払いをした事業者が、その明細を税務署に提出する書類
(多数の支払調書がありますが、ここでは生命保険会社が、税務署に提出する支払調書について書いています。)

[引用1] ・平成27年度税制改正の大綱(H27.1.14閣議決定)P47
(4)調書について、次の措置を講ずる。
① 保険会社等は、生命保険契約等について死亡による契約者変更があった場合には、死亡による契約者変更情報及び解約返戻金相当額等を記載した調書を、税務署長に提出しなければならないこととする。
② 生命保険等の支払調書について、保険契約の契約者変更があった場合には、保険金等の支払時の契約者の払込保険料等を記載することする。
(注)上記の改正は、平成30年1月1日以後の契約者変更について適用する。

◆ 生命保険の支払調書の改正点。

支払調書は種類がいろいろありますが、生命保険の支払調書の記載事項について、の変更点を整理しました。

保険金や給付金、解約返戻金などが支払われると、保険会社は税務署に支払調書を提出します。

所得税の対象となる保険金などは、翌年1月31日まで、相続税や贈与税がの対象となる保険金などは、翌月の15日までに支払調書が提出されることになっています。

これまでの支払調書はシンプルです。

[平成30年以前の記載事項]支払調書では、以下の項目が税務署に報告されていました。

・受取人氏名、住所、個人番号
・契約者氏名、住所、個人番号
・被保険者氏名、住所
・保険金額等(又は満期金額、解約返戻金額)
・保険料総額(既払込保険料総額)
・保険事故発生日、保険金等の支払日

この支払調書には、契約者変更は記載する必要がありませんでした。税務署も保険会社から提出される支払調書だけでは、過去の贈与の事実はつかめませんでした。

また、保険金や解約返戻金等の支払が100万円超でなければ、支払調書は発行されません。(年金は雑所得となりますので、年間20万円超となっています。)

生命保険の支払調書の改正点を、できるだけわかりやすく整理しました。一つは提出ルールの変更です。もう一つは支払調書の記載事項の変更です。

[提出ルールの変更]

保険契約者等の異動に関する調書で下記項目を報告。

契約者死亡による契約者変更(名義変更)手続きを行った場合に、新たに「異動に関する調書」が発行されることになります。

・新保険契約者、氏名、住所
・死亡した保険契約者、氏名、住所
・被保険者氏名、住所
・解約返戻金相当額
・保険料総額(既払込保険料総額)
・死亡した保険契約者の払込保険料
・評価日

(異動調書の見本)

契約者死亡(相続時)による契約者変更(名義変更)に異動調書提出義務。

契約者が死亡しても被保険者が生存していれば、保険金は支払われません。保険契約をみなし相続財産として、相続人が引き継ぐことになります。

・保険金支払が発生していなくても、契約者死亡により相続が発生すると解約返戻金相当額で異動調書提出。

・相続で引き継がれる生命保険契約の把握が目的。

・事例でいうと、

契約者(保険料負担者)=親 被保険者=子

契約者死亡により契約者変更=子が新契約者

この場合被保険者は生存していますから、死亡保険金は支払われませんが、生命保険の契約者は変更になります。みなし相続財産として解約返戻金相当額が相続税の課税対象となります。

相続人が新たな契約者として保険料を払い続けるか、払済みにするかは人それぞれです。しかし生命保険会社では、契約者死亡による契約者変更は解約返戻金相当額を記載した異動調書を発行することが義務化されました。

[記載事項の追加・変更]

生命保険契約等の一時金の支払調書で下記項目を報告。

生命保険の支払調書には現行記載事項に以下が追加されます。

・直前の保険契約者等の住所・氏名を記載
・現契約者が払い込んだ保険料を記載
・契約者変更の回数を記載

(記載事項追加の見本)

【生命保険契約等の一時金の支払調書】の注意事項から抜粋しました。

(6)契約者以外の者が保険料等の払込みをしていることが明らかなものについては、「保険契約者等」の欄にその保険料等の払込人を記載すること。
(7)第86条第1項第8号に規定する契約者の変更があった場合には、次によること。
イ 「直前の契約者等」の欄に、当該変更前の契約者の氏名又は名称及び住所若しくは居所又は本店若しくは主たる事務所の所在地を記載すること。
ロ 「既払込保険料」の項の内書に、現契約者((6)に該当する場合には、その保険料等の払込人)が払い込んだ保険料等の額を記入すること。
ハ 「契約者変更の回数」の欄に、当該生命保険契約等に係る契約者の変更の回数を記載すること。

既払込保険料総額から現契約者が払い込んだ保険料を引けば、死亡した契約者からの贈与になる保険料の額がわかります。

契約者変更の回数が多ければ、保険会社に照会をかけてもともとの保険料負担者を確認することができます。

ここまで支詳細に支払調書で報告されれば、相続財産に生命保険契約の加算漏れはほぼなくなると思います。それが課税当局の狙いです。

・契約者死亡時でなければ契約者を変更しても支払調書は提出されません。

・保険契約がお金に変わる時(保険金、解約返戻金等)支払調書提出義務が発生。

・生命保険契約の契約者変更による贈与事実の把握が目的。

契約者を変更しただけでは贈与は発生しません。当然贈与税の時効も開始しません。

ここを勘違いすると痛い目にあいます。税務署は生命保険契約がお金に変わるときを

贈与の開始とみなします。その結果、支払調書が提出されると、税務署は贈与の事実を把握することになり「お尋ね」を発行する場合が出てきます。

誰から誰に契約者変更が行われたかを追記することで、契約者変更により支払時契約者(最終契約者)に相続されたことが明確になります。

生命保険契約はみなし相続財産として相続されます。最終契約者が負担していない保険料に相当する解約返戻金は、相続税の対象と言うことになります。

一時払終身保険などの契約者変更(名義変更)を行えば最終契約者の保険料負担は0円ですから、そっくり相続税の対象となります。

支払調書がなければこれも把握できないことになりますが、支払調書の改正により明白になります。

◆ 保険業界の大量の契約者変更(名義変更)

保険営業や名義変更をした契約者にとっては、気になるというより内心戦々恐々といったところではないかと思います。保険営業の場面では契約者変更(名義変更)はそれほど珍しい保全手続きではありません。

親が子を被保険者にして親自身が契約者になり保険料を負担すれば、いずれ必然的に契約者を子に変更するときが来ます。

子が独立したり結婚すれば契約者を子に変更し、保険料負担者も子に移行します。

仮に契約者を変更せず親が保険料を負担し続けても、いつかは相続が発生し生命保険契約は子に引き継がれますから、やはりどこかで契約者変更は避けられないのです。

実はよく考えれば保険料は生活費でも養育費でもありません。親から子へのまぎれもない贈与です。税法上贈与税の対象になるのは当然と言うべきです。

相続間際に生命保険契約の名義変更を行うケースもあります。子を被保険者にして一時払終身保険に何本か加入して、子に名義変更します。名義変更しただけでは支払調書はいきませんから、課税当局に把握されることなく相続財産を減額できることになります。

しかし相続税がかかる方にとり相続税の税務調査となれば、すべては明るみに出ますので、そうは問屋が卸しません。

・相続税がかからない庶民は9割。

実は相続税がかからない方は、相続件数の9割以上というデータがあります。ほとんどの庶民は相続税がかからないのです。

相続税がかからなければ、相続税の税務調査もありません。多くの場合、途中で解約して現金化しないかぎり贈与税という問題にはならないと考えられます。

これまでは、契約者変更しても保険金の支払いが発生しなければ、支払調書は提出されませんでした。税務署は生命保険契約の贈与について生命保険会社に照会をかけないとわからなかったのです。

この手の隠れ贈与とでもいうべき生命保険契約は、保険営業のセールストーク「支払調書が行くわけでなし、税務署にわかることはありません。」に乗せられて大量にあると思われます。

どうしても解約して現金化するなら、一気にせずに支払調書が出ない解約返戻金100万以下の減額を心がけてください。相続が発生するまでは、保険が継続する程度の残額は残しておく必要があります。

◆ 支払調書の改正点、まとめ。

生命保険の支払調書の改正点を整理して、その影響範囲を検証しました。かなり踏み込んだ改正により課税当局の課税漏れをなくそうという姿勢が見えてきます。

課税当局の姿勢は、所得税や贈与税の補完機能として相続税を考えています。相続が発生する前に課税漏れがあった場合、一生分の課税漏れを相続税ですべて清算させるという狙いがあります。まさに相続税は税務の最後の砦な訳です。

裏を返せば、相続税がかからない程度の庶民が、こっそり行う生命保険契約の名義変更は、それほど大きな問題ではないのかもしれません。

しかし相続した生命保険を解約してしまいますと支払調書が税務署に提出されます。

万が一課税当局に捕捉されれば、追徴課税が課せられます。追徴課税というのは状況にもよりますが、最悪の意場合、過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税、重加算税、の4つのパターンに延滞税がオンされる可能性があります。

また支払調書に過去の名義変更が記載されていないからと言って、安心できるわけではありません。税務署が過大な保険契約や不審に感じれば、保険会社に照会をかけます。こうなれば洗いざらい報告されることは避けられません。

・相続税がかからなければ、解約しないこと。

生命保険の契約者変更(名義変更)は、まぎれもない贈与です。しかし何度も申し上げていますが、生命保険契約の契約者を変更したからと言ってその対価を支払うことは家族内ではありえないことです。対価を払えば売買ですから贈与ではないですが、そんなことは誰もしません。

士業のサイトでは、資産家をターゲットにしていますから、生命保険契約の名義変更は、贈与税と相続税に注意するよう赤字で書いています。相続税がかからない庶民は、そこまで気にする必要はないわけです。

相続税がかかるなら正直に申告し、相続税がかからないなら解約して現金化を急がないようにすれば、とくに生命保険を名義変更をしても大きな問題になることはないと言えそうです。

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