生命保険の有り難さはそのときになるまでわからない理由、保険を扱っていて保険金を自分が受け取る機会はそれほど多くはありません。
売る側も買う側も口で言うほどリスクを実際に感じて契約することはないというのが実態でしょう。
知人や友人、親族に保険事故があると慌てて保険証書を探し自分の契約を確認するのが相場です。
保険金の有り難さはそのときにならないとわからないのが残念なところです。
人は元気なうちは自分の万が一があるとは考えないものです。それこそ不老不死のように思っています。
ガンを宣告されても多少動揺はするけども冷静沈着、毅然と対応できるように思っています。
でもそれほど甘くないのです。寝ても覚めても思いがけない妄想に苦しめられ不運を嘆きつつ、周囲に気取られないように配慮しつつも自分を見失うこともしばしばです。
こんなはずではなかったと胃カメラを昨年パスしたことを激しく後悔します。そして後に残される家族のことが心配でたまらなくなり耐え切れないほどの2重の苦悩となります。
そのときは大事にならなくてカムバックできたとしてももう保険には入れないとしたものです。生命保険に加入していても病気や死の恐怖は軽減されませんが、いくばくかの気休めになりおます。というより
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残された家族にとってどれだけ意味があるか、生命保険の価値はそのときまでわからない、ゆえに元気なうちにしっかり考えておくことが大事です。だれも思っているほど簡単に覚悟など出来はしないのです。
人の生き死にかかる運命は巨万の富があってもどうにもなりません。この世のお金はあの世には持っていけないのです。だから生命保険というわけではありません、もう売る立場ではありませんので。
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