経営権移譲の難しさ、アドバイスと口出しの違いがわからない経営者。
前経営者がなかなか経営権を移譲してくれないということは、事業承継の上でよく聞く話です。事業承継とは経営権を後継者に引継ぎ、会社を継続的に存続させる手続きを指します。具体的に経営権を移譲するとは、後継者に決裁権を与えて任せることです。
多くの場合やっかいなことは、実質的な経営権の移譲は、それほどたやすくないということがあります。
■事業承継のまさかと後継者の力量不足が会社を揺るがすリスク。
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◆ 経営権の移譲ができない前経営者。
代表権を返上して会長職に就くと、第一線を引退したという体裁は作れますから、役員退職金の支給が可能になります。
しかし税務署は実際に引退しているか、決裁権や指揮権を移譲しているかに着目します。
毎日、のこのこと会社に出てきてあれこれ指示を出したり、決裁印を押したりしていると引退したとは認めてもらえません。
朝の出社時間を遅らせて早めに帰宅し、ゴルフの回数を増やして毎週コースに出ても、実質的な指揮権を離さなければ引退したとはならないのです。
・幹部社員の混迷と指揮命令権の破綻。
引退間際の経営者にとり、長年の経営経験に基づく進言を、老害などという言われ方は心外だと思います。しかし、しつこく会社に顔を出して、後継者が決めたことを覆(くつがえ)しているようでは、役員退職金が否認されるリスクだけではなく、会社としての指揮命令権が破綻してしまいます。幹部社員がどちらを向いて仕事をすればよいか、わからなくなるというものです。
前経営者が経営に口出しすれば、幹部社員は新経営者のご機嫌を伺いつつ、前経営者の方を見てしまいます。そうなると、物ごとの決裁が遅れ、経営に悪影響を与えます。
後継者がいるにもかかわらず、事業承継で失敗する例として一番にあげられることは、経営権を手放せない前経営者が、組織のガンになることです。
事業承継の難しさは、実質的な経営権の移譲にあると申し上げても過言ではないと思います。頭が二つになれば、経営判断が割れてしましまいます。船頭は一人でよいのです。双頭の経営者など、組織運営では迷惑になるだけなのです。
■経営者の運が会社の運命を決め、社員とその家族の運命を左右する。
◆ アドバイスと口出しの違いがわからない経営者。
引退したつもりの前経営者にすれば、アドバイスをしているつもりだと思います。実際の場面では後継者が決定してすすめていることを、片端からひっくり返しているようなことがあります。
よかれと思い意見するのでしょうが、後継者や幹部社員にすれば、前経営者の言葉は神の声と同じです。抵抗したり逆らったりすることはあり得ません。
いくら理不尽なアドバイスでも、自分の考えと違っていても、また後継者の思いと違っていても面従腹背、ごもっともと言わざるを得ないのが宮仕えの辛いところです。
・アドバイスと口出しの違いを整理。
アドバイスとは後継者が望んでいることに関して、自分なりの知識や他の考えを提案すること。
口出しとは、後継者が望んでいないことを自分勝手に決め付け、押し付けて混乱させること。
その結果、後継者は自分で判断して決めることを止めてしまいます。経験の浅い経営者にとって、面白かろうはずがないですし、やる気が萎えるのも無理ないところです。
かといって内緒で進めて後でバレようものなら、誰かが責任を取らされます。幹部社員は保身ばかり考えて、前経営者の太鼓持ちになり下がります。
権力や決裁権を握ったまま引退しても、それは事業承継とは呼べないのです。権力を握っている立場でアドバイスと言っても、それは口出し以外のなにものでもないのです。
口出しは、そのまま命令と同じ効果と意味を持ちます。アドバイスと言いながら、後継者の決定を覆して、メンツを丸つぶれにするような口出し前経営者の何と多いことか。
後継者にすれば、代表権のある社長に就任しても、営業部長程度の決裁権しか与えられていないことになります。やる気をなくしてもそう簡単に別の選択肢があるわけでもありません。社員のように、転職するというわけにもいかない苦しい立場です。
権力を握る日まで、じっと耐え忍んで待つよりありません。後継者の絶対的な強みは若さであり、健康な身体です。いつか必ず来るチャンスを待てるかどうか、それまで後継者が耐えられるか、会社が持ちこたえるかどうかという問題は残ります。
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◆ 後継者は失敗するために経験している。
後継者は年齢も若く経験も少ないので、判断すべき情報や経験が少なくなります。また価値観がそもそも違いますから、正しい判断ができるとは限りません。
引退した経営者が適切なアドバイスをすることで、物事がうまく進むことがあるかもしれません。
しかし、若き経営者は失敗をするために経験しているのです。失敗を重ねて経験を積み、経営者としての知識や知見を得て成長するのです。
後継者にとり、失敗ほど価値のあるものはありません。いくら経営の本を読んでも、経営セミナーで学んでも身につくものではありません。実際の経営の現場で体験した知識こそ価値があります。
若き後継者は自分で判断し、幹部を動かし、会社をコントロールしようとします。あたりまえのことですが、それが最初からうまくいくはずがありません。
自分の意向をくんで行動できる若手の部下を配下に集めます。経営者は往々にして、耳の痛いことを言う幹部を遠ざけます。。先代についてきた経験豊富であるが、煙たい幹部を役職から外したり、排除したりします
そこには、会社全体を含めた世代交代が起こります。その結果、これまで蓄積されてきた知的資産とベテランによる暗黙知はリセットされ、新たな経験値の蓄積が始まります。
◆ 後継者が首尾よくできないのは当たり前。
後継者が先代オーナーより首尾よくできないのは、むしろ自然なことなのです。「子供叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」という言葉ありますが、人生は一度きりです。
子供時代は2回経験出来ないですし、老人はやがて旅だちます。そうして物事や人は繰り返し入れ替わるようになっています。経験不足で間違いや失敗があるのは、すべて今生での学びのためです。さんざん失敗から経験し、世の中の仕組みを学んでようやく経営者として知恵がつきます。
駆け引きでは小狡く立ち回り、ようやく経営のなんたるかがわかりかけたころは、足腰も弱って口うるさいだけの老害老爺になり果てているのです。
物事には順番があります。後継者がうまくできないのはあたりまえ、自分の来た道を思い返せばわかるはずです。
◆ オーナー経営者、譲れないなら引退無用。
何人もの創業オーナー経営者を見てきましたが、権限移譲は口で言うほどたやすくはありません。むしろ見苦しいまでに拘泥します。とことん支払いに関する決済権は手ばなさず、入院するとき決済印を病院に持ち込むほどのこだわりがあります。
オーナー経営者はワシがワシがでやってこられたわけですから、今さら引っ込むすべを知らないのです。よくよく聞いてみると自分は遠慮して任せているつもりというケースが多く、口出しの自覚がまるでないのです。
体が元気なら、動けなくなるまで、ボケるまで経営者を続ければよいのです。譲れもしないのに引退しないことです。その結果せっかく段取りして着々と進めてきた事業承継の資金計画は、再度リセットする羽目になりますが、それも仕方がありません。譲れないなら引退無用と申し上げたいところです。
◆ 経営者はそれぞれの運で道を切り開く。
後継の社長は、自分のやり方で結果を出そうと焦ります。ところが世の中それほど甘くないので、やること為すこと的が外れるか、時期尚早ということが往々にしてあります。
またそれを見て前経営者は、それ見たことか、まだまだ未熟、ワシが教えにゃならんとばかりしゃしゃり出てきます。
アドバイスとか指導の名目で横やりを入れてきます。困ったものですが、世間の親子の事業承継は似たようなものです。
経営者は、それぞれの運で道を切り開くと申し上げました。言うなれば、理不尽な口出し前経営者との付き合い方もひとつ運であり社会勉強の一環です。それをいくらまずくても丸呑みできるだけの器量があるかどうか、経営者の資質はそんなところにあるのかもしれません。
◆ 事業承継の難しさ、まとめ。
事業承継は、経営権の移譲です。引退当初の経営者は、まだ頭髪が白くなったり、薄くなったりしていますが、馬力があります。ご自分の体力や知力にも自信があります。
会社ですることが少なくなったからと言って、毎週毎週ゴルフで時間をつぶすにも限界があります。家にいても奥方様に煙たがられます。時間がゆっくり流れだすと、目につくのが後継者の甘さです。
経営に不慣れな若き後継者は、頼りなく見えるのは当然のことです。それがなおさら見た目以上に事業承継の難しさを象徴しています。しかし、如何に困難な事業承継でも、時間がたてば問題はなくなっていきます。
老いるということは万人に公平に訪れます。やがてパソコンの小さな字が見えにくくなり、しばらくすると目がかすんできます。足腰が弱り階段の上り下りに勢いがなくなります。お酒も弱くなり、人間ドックではいくつもD判定がならび再検査の指摘を受けるようになります。
時間が自然に事業承継を進めてくれるのですが、それまで後継者が待てるか、辛抱できるかという問題が残ります。
経営とは、環境適応業であるとも言われます。時代の潮目に合わせて変化し、改革しなければ生き残れないのです。時代に合わせて一定のリスクを取りながら、先行投資をためらってはいけないのです。しかし双頭の経営になると中長期的な投資計画がとん挫し、変化への対応がおざなりになります。これが長引くと経営はじり貧に追い込まれ、先行投資する余力を失い、事態は深刻なゾーンに突入します。
・経営権の移譲に失敗すると。
ある会社では後継者に権限の移譲ができず、後継者は長らく副社長という立場でした。要するにお前には任せないという、創業経営者の意思が現れています。先代が創業オーナーであると、余計に事業承継は難しくなります。まさに双頭の経営権が長年続くと、会社も幹部社員も疲弊します。
15年もの間副社長で、ようやく順番が回ってきたときには、すでに会社が傾いて手放さなければならないという、事業承継失敗の図も事例があります。引退するならあっさりと、一切の口出し御法度で任せてしまうことです。お気持ちは察するにあまりありますが、しがみつくのもほどほどにと申し上げたいところです。
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