アドバイスと口出しの違いがわからない経営者|事業承継を壊す引退社長の本音。

事業承継というと、自社株対策や相続税対策、
生命保険を活用した資金準備に目が向きがちです。

しかし実際に多くの中小企業の事業承継に関わってきた経験から
申し上げると、本当に難しいのは制度や税金ではありません。

経営者自身の感情です。

とりわけ創業オーナー経営者ほど、口では「任せる」と言いながら、
本音ではなかなか手放せません。

長年、自分の判断一つで会社を成長させてきたわけですから
無理もない面があります。しかし、その感情こそが事業承継を
難しくしている最大の原因でもあります。

事業承継とは、単に代表取締役を交代することではありません。
経営権を移譲することです。
そして経営権の移譲とは、決裁権、人事権、指揮命令権を
後継者へ渡すことにほかなりません。

ところが現実には、ここでつまずく会社が少なくありません。

■事業承継のまさかと後継者の力量不足が会社を揺るがすリスク。

◆ 経営権の移譲ができない前経営者。

会長職に就き、役員退職金を受け取れば形式上は引退です。

しかし現実には、毎日のように会社へ出てきては案件に意見を述べ、
支払いを確認し、重要な判断に介入するケースがあります。
肩書は変わっても、実態は変わっていないのです。

ある創業経営者は、入院中でさえ決裁印を病院へ持ち込みました。
支払い承認だけは手放したくなかったのです。

本人にしてみれば責任感の表れなのでしょう。
しかし後継者から見れば、「任せる」と言われながら、
実際には何一つ任されていない状態です。

税務上も、役員退職金は実質的な引退が前提になります。

しかし私が問題だと思うのは税務ではありません。
会社組織そのものが機能不全に陥ることです。

◆ 会長の一言が会社を混乱させる。

前経営者はたいていこう言います。

「私は口出ししていない」「頼まれたからアドバイスしただけだ」
しかし現場の社員や幹部から見る景色はまったく違います。

創業社長や先代経営者の言葉は、単なる意見ではありません。
長年会社を率いてきた人物の発言には、それだけで権威があります。

本人が助言のつもりでも、現場では命令として受け取られます。

実際に見た会社では、後継社長が成果を上げた社員に対して
昇給を約束していました。本人にも伝え、周囲の幹部も承知していました。

ところが支給直前になって会長が待ったをかけました。

「まだ早い」「そんなに上げる必要はない」
引退した経営者からすれば、経費削減のための助言だったのでしょう。

しかし社員から見れば話は別です。
約束した社長の言葉が無効になったのです。
社長は嘘つきということになり、結果として社員は
会社への信頼を失い、退職しました。

昇給額だけが問題だったわけではありません。
会社の中で誰が責任者なのかわからなくなったことが問題だったのです。

社長の決定が後から覆される会社では、人は安心して働けません。
事業承継の失敗とは倒産だけを意味するものではありません。

経営の責任者が曖昧になり、組織が徐々に弱っていくこともまた失敗なのです。

◆ 幹部社員は二人の経営者に振り回される。

こうした状態になると、一番疲弊するのは幹部社員です。

後継社長は市場環境の変化を見て、新しい設備投資や
人材登用を進めようとします。
一方で会長は、長年の経験から慎重論を唱えます。

どちらにも一理あります。
だからこそ厄介なのです。

会議では社長の方針が決まり、幹部社員もそれに従って動き始めます。

ところが後から会長が別の見解を示す。
すると現場は立ち止まります。

社長の意向を優先すべきなのか、それとも会長の考えを汲むべきなのか。
誰も判断できなくなります。

やがて幹部社員は経営判断より保身を優先するようになります。

社長の顔色も見なければならない、会長の顔色も見なければならないとなり
その結果、重要な案件ほど決まらなくなります。

双頭経営とは、まさにこういう状態です。
会社は民主主義ではありません。
最終的な意思決定者は一人でなければなりません。

船頭が二人になれば船が進まないのと同じです。

◆ アドバイスと口出しの違いがわからない経営者。

私が見てきた事業承継の現場では、この問題が非常に多く見られました。

そして厄介なことに、前経営者には悪意がありません。
本気で会社のためを思っています。だからこそ自覚がないのです。

筆者なりに整理すると、アドバイスと口出しの違いは極めて単純です。

アドバイスとは、決定権が後継者に残っている状態です。
聞くか聞かないかを後継者自身が決められます。

一方で口出しとは、実質的に従わざるを得ない状態です。

どれだけ丁寧な言葉であっても、後継者や社員が逆らえないのであれば、
それはアドバイスではありません。口出しです。

創業経営者ほど、この区別が難しくなります。
何十年も自分の一言で会社を動かしてきたからです。
本人は助言のつもりでも、周囲には命令に聞こえます。

ここが事業承継最大の壁だと思います。

株式移転より難しいし生命保険の設計より難しいと言えます。
さらには相続税対策より難しいとすら言えるのではないかと思います。

結局のところ、事業承継は人間の問題なのです。

◆ 後継者は失敗するために経験している。

前経営者は後継者の失敗を恐れます。
自分が築いてきた会社を守りたいからです。

しかし後継者は失敗するために経営していると言ってもよいと思います。
創業経営者も最初から優秀だったわけではありません。

判断を誤り、人に騙され、資金繰りに苦しみ、
数え切れない失敗を経験してきたはずです。
その経験が経営者を育てたのです。

ところが年齢を重ねると、そのことを忘れてしまいます。
後継者だけは失敗してはいけないと思うようになります。

しかし失敗しない経営者は育ちません。
経営書を何百冊読んでも身につかないことがあります。
現場で痛い目に遭い、自分の責任で判断した経験だけが経営者を成長させます。

後継者にとって失敗は授業料なのです。

■経営者の運が会社の運命を決め、社員とその家族の運命を左右する。

◆ 副社長十五年という事業承継の失敗。

実際に見た会社では、後継者が十五年以上も副社長のままでした。

能力が足りなかったわけではありません。
創業社長が譲れなかったのです。

社長に就任した頃には、会社はすでに勢いを失っていました。
設備投資は遅れ、人材育成も停滞し、組織は疲弊していました。

後継者不足ではありません。後継者は最初からいたのです。
それでも事業承継は失敗しました。

原因は経営権が移譲されなかったことです。
会社が承継できなかったのではありません。
経営者の気持ちが承継できなかったのです。

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◆ 譲れないなら引退無用。

少々辛口ですが申し上げたいことがあります。

譲れないなら引退しないことです。

引退したふりをして会長に残り、経営に影響力を持ち続ける方が
会社にとっては有害です。

創業経営者は皆、「自分は遠慮している」と言います。
しかし周囲から見るとそうではありません。

本人に自覚がないだけなのです。
むしろ最後まで現役を貫く方が潔い場合すらあります。

その代わり、退職金設計や生命保険を活用した事業承継計画は
見直しになるでしょう。しかしそれもまた経営者自身の選択です。

引退とは肩書を変えることではありません。権限を渡すことです。

そして本当の意味での経営権移譲とは、口を出さない
覚悟を持つことだと思います。

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◆ 事業承継の難しさ、まとめ。

事業承継は制度で決まるものではありません。

人間の感情で決まります。

会社への愛着、成功体験、責任感、後継者への不安などが渦巻きます。
こうした感情が複雑に絡み合い、経営権移譲を難しくします。

しかし経営者にはそれぞれの運があります。
先代には先代の運があり、後継者には後継者の運があります。

後継者は自分の運で失敗し、自分の運で成功し、
自分の運で経営者になっていくのです。

その機会を奪わないこと、それこそが、
経営者人生最後の大仕事ではないでしょうか。

引退とは会社から去ることではありません。
後継者を信じて、自分の影響力を手放すことなのだと思います。

■引退の引き際を誤る経営者を体系的に解説したページ
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■経営者は自分のリスクが理解できない本当の理由がアブナイ。

中小企業の経営課題はその日暮らし、体験を側近が語ると泥縄経営。

経営者の引退間際の悩みをとことん深掘り、共感間違いなし。

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