認知症による年金口座凍結を回避するウラ技。

認知症による年金口座凍結を回避するウラ技。

高齢化社会では、認知症の割合も確実に高くなります。内閣府の資料によると、65歳以上の高齢者における平成24年の認知症患者数が462万人(15%)でした。しかし予測では令和7年(2025年)には、約700万人となり認知症の割合は、20%に達すると予測されています。

これは高齢者5人に1人が認知症になるということです。これで社会が回るのかと心配になるほどの高率です。認知症になれば、社会的な不都合があれこれ起こります。

とくに財産や資金管理では、困ることが多くなりますが、かといって専門家に相談すれば、それなりの費用がかかります。経済的に余裕がない庶民の認知症対策は、どうすればよいのでしょうか。

士業の先生方とは違う貧乏庶民の視点で、かつ認知症になった親を介護する立場で考えました。お金をかけずに銀行口座を凍結されないよう、うまく立ち回る方法と最悪の場合の選択肢についても書きました。

■家族信託とは何か?必要ないと言われる庶民の理由。

◆ 認知症になると銀行口座が凍結!?

親が年老いて物忘れがひどくなると、認知症の心配が出てきます。認知症になると銀行口座が凍結されるという話をよく聞きます。親の銀行口座が凍結されれば、介護費用や生活費が使えなくなります。

あてにしていた親の年金が引き出せなくなり、最悪の場合は子が立て替えなくてはお金が回らなくなります。いつ終わるとも知れない介護のお金の行き詰まりは、他人ごとではない時代になりました。

親が認知症の診断を受けたとき、いったいどうすればよいのか、情報はあふれています。でも何を信用すればよいのか、迷った末にたどり着いた生き残りのヒントです。

まだ親の認知症はこれから進んでいくので、最終的に判断が正しいかどうかはわかりません。でも同じ悩みをお持ちの方に、いくばくかのヒントになれば幸甚です。

■老老相続と老老介護、複雑化する高齢化時代の生き方。

◆ 凍結されない口座管理、キャッシュカード引き出しでクリア。

認知症になったらからといって、即口座が凍結されるわけではありません。何事もそうですが、認知症にも段階があります。たとえ認知症の診断を受けていても、ご自分の意思表示ができれば、それは有効とされるべきです。

認知症が進行し、口座名義人が認知症で意思能力がないと銀行が判断したときに保全のため口座凍結されるのです。

自分の意思が表明できれば、認知症でも法律行為ができるのは当然でなくてはなりません。金融機関は本人の意思を最大限尊重する立場であることは変わりません。

しかし認知症が進行すると自分の名前が書けないだけでなく、配偶者や我が子の顔までがわからなくなることがあります。こうなるとその事実を知った金融機関は、口座を凍結せざるを得なくなります。

認知症かどうかではなく、判断して自分で決める意思能力があるかどうかで決まります。認知症になり意思能力が確認できないと契約、解約、売買、決済などの法律行為はできなくなります。

裏を返せば、口座名義人が認知症であることを金融機関が知らなければ、口座凍結されることはないわけです。お金を引き出すためのキャシュカードと暗証番号が分かれば、家族でも介護費用や生活費を引き出すことができるということです。

■終活では保険を見直すだけでなく、財産整理が何より重要なわけ。

◆ 銀行が認知症に気付くとき。

何も言わなければ、金融機関は認知症を疑うこともなければ口座凍結にもなりません。

どういったケースで銀行などの金融機関は、口座名義人の認知症を知り得るのでしょうか。

1)家族が銀行口座が凍結されるとも知らずに、不安に駆られ認知症のことを銀行に相談するとバレてしまいます。言う必要のないことは言わないことです。

2)口座名義人がキャッシュカードの暗証番号を打ち間違えて窓口で手続きを行うとき、銀行に意思能力に問題ありと知られてしまうケースがあります。

3)定期の解約や多額の引き出しを行うとき、口座名義人が本人確認のため窓口に出向く必要があります。そのとき手続きを行う場合に、判断能力に疑問をもたれてしまうということがあり得ます。

銀行にすれば、おかしいと気がつけば、口座名義人の本人確認をするため本人が窓口まで来られるかどうか、名前、生年月日を言えるかどうか、直筆で署名ができるかどうかを確認します。本人の意思確認の判断基準としているようです。

認知症になるとキャッシュカードを紛失して再発行となったり、暗証番号を何度も打ち間違えたりなどということが起こります。そうなると窓口で本人確認が必須になり、認知症と判断されるリスクが高まります。

また、キャッシュカードは磁気に注意が必要です。これはだれでも起こります。時期に触れてエラーになると本人が窓口に行くしかありません。磁気を避けること、専用のケースに保存することが大事です。

・キャッシュカード管理は信頼関係が大事。

軽度の認知症では銀行の窓口で意思確認ができても、暗証番号を正しく打てなくなることがあります。暗証番号を間違えて何度も失敗するのでロックがかかります。この辺のキャッシュカード管理の見極めが大事です。

軽度の認知症で不安に思っている親から、お互い合意の上で金銭管理は子に任せるよう話し合いを行います。キャッシュカードを預かり親のキャッシュカードの暗証番号を聞き出すことが必要です。年金口座を管理するためには、暗証番号を聞き出すだけの信頼関係は最低限必要です。

■保険証券を紛失したらどうなるか、解決策と整理法まとめ。

◆ 認知症がバレて口座凍結されそうなとき、されたとき。

親が勝手に銀行の窓口に行き、キャッシュカードが使えないなどと訴えると、銀行は警戒してしまいます。面倒は極力避けたい銀行にすれば迷惑な話でしょうが、契約者が認知症の疑いありとなれば冷酷にならざるをえません。雨の日でも破れ傘を取り上げると言われる銀行は、ビジネスライクに口座を凍結してしまいます。

銀行に口座を凍結されてもすぐにあきらめてはいけません。銀行に意思能力がないとして口座凍結されたときは、銀行と交渉し必要書類を提出し介護費用などの生活維持費用の出金を認めてもらうこともできるかもしれません。

迂遠(うえん)な言い方で申し訳ないですが、玉虫色の全国銀行協会による認知症患者の家族による預金引き出しに関する新指針が出されても、結局銀行に対応が任される形ですので実際は個別対応次第となります。

■認知症の家族に朗報|預金の引き出しが簡単に(全国銀行協会の新指針、ここ詳しいです。)

・親の年金口座を凍結から守る手段。

もう少しわかりやすく具体的に親の年金口座を凍結から守る手段を書いておきます。

・年金口座から落とす日常的に必要な経費、介護施設費用等は口座振替にしておく。

・生活費などの少額のお金はキャッシュカードでおろして、銀行窓口を利用しない。

・定期預金などは親の判断能力がある間に解約して現金化しておく。

・日常生活に必要でないような大金を一度に引き出さない。

・本人確認が必要な株式などは、判断能力がある間に売却して現金化しておく。

・生命保険は指定代理人特則がついているかどうか確認しておく。

打ち間違いによるパスワード変更、カード紛失による無効化・再発行などになると銀行は本人確認を求めてきます。できるだけ認知症本人との面談を避けることが重要ですがそれでも困ったら、銀行の支店長と交渉してください。

・銀行は大きな声に弱い。

交渉時のポイントは大きな声、銀行は客商売ですからお客様の大きな声に弱いのです。声が大きくなれば他の客の手前、別室に案内せざるを得なくなります。

そうすればこちらのペースになる可能性が出てきます。なりふり構わず大きな声で「困っているのですが何とかしてもらえませんか!」と言ってみましょう。


全国銀行協会の新指針は、一歩前進のようです過度の期待はできないと思ってください。JAや郵便局で通じた融通が、都市銀行では通じないということもあります。

■金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方(公表版)

(長々と意味不明な理屈がかいてあります。タマムシも驚くほど玉虫色です。)

◆ 認知症による口座凍結回避策、まとめ。

親の年金口座は、一身専属権であるために信託できません。年金の受け取りは本人名義の口座しか認められません。年金口座を凍結されないよう細心の注意が必要です。

筆者は士業ビジネスを展開していませんから、家族信託や成年後見制度をおすすめしても利益相反になりません。そういう立場ですが、財産構成が多彩な資産家でないと家族信託や成年後見制度はおすすめできません。

自分の例で申し上げると、相続税がかからない庶民であり、親の財産と言えば生命保険と自宅といくばくかの値打ちがない農地と親の年金口座しかありません。

生命保険は指定代理人を指定していますし、田舎の家や田畑は固定資産税が重いですが、一次相続で相続登記を済ませています。

問題は親の年金口座ですが、別に家族信託をしていなくても通帳やキャッシュカード(暗証番号も)は預かっています。

相続人である他の兄弟姉妹には、きちんと説明して管理を任されています。

親の年金口座からの出し入れと、お金の使途は記録して憑依(ひょうい)書類を残すようにしています。これで万全とは言いませんが、親の認知症が進み意思能力が喪失したことを銀行が知らない間はとりあえず問題はありません。仮に銀行が知ることになればしかるべき書類をそろえて交渉する用意はできています。

・成年後見制度は最後の手段。

その上で打つ手がなくなれば、法定後見制度のメリット・デメリットを理解したうえで、最後の手段としてそのときが来れば考えるだけです。

日本経済新聞2022年3月26日朝刊、社会面の記事に「成年後見人、交代柔軟に」制度見直しとありましたが、年金口座凍結で介護費用に困る庶民の助けになるかどうかはまだ不透明です。

見直したところで、親の金をおろすためだけに成年後見では、費用がかかるという点では同じことですからあまり期待しない方がよさそうです。

相続税がかかるほどの財産はなく、成年後見制度や家族信託にお金をかけられない状況で、相続人の関係が円満で管理を任されているのであれば、我が家の家計に他人を割り込ませる必要はありません。

自宅を売らないと介護費用が回らないとか、賃貸物件があり家賃収入があるとかでなく、もし財産が年金口座や現金だけなら、親の認知症が進まないうちにキャッシュカード管理を相談しておくことが経験的に大事だと言えます。

相続で親の本音は秘密主義、親の公平は子の不公平。

相続に非協力的な相続人の本音と3つの落とし方。

保険営業のノルマがなくなれば、保険会社はオワの理由。

保険営業のノルマがなくなれば、保険会社はオワの理由。

保険営業は、保険会社所属の営業職員もしくは保険代理店の営業を指します。オワとは終わりの略語です。一方ノルマは、Wikipediaによると語源はロシア語のようです。ソビエト連邦で社会主義企業において労働者に課せられる標準作業量、いわゆる時間的ノルマ、および生産高ノルマを指したということです。信ぴょう性は保証しませんが、過酷な労働で多くの犠牲者を出したシベリヤ抑留者が日本に伝えたそうです。

ノルマは、標準作業量というような意味ですが、歴史的背景から単なる目標という意味を越えた、過酷な目標というイメージが付きまといます。

シベリヤ抑留と保険営業はそもそも比較するようなものではありませんが、最近では、ノルマは悪というイメージが拡散し保険会社の一部では、ノルマを廃し、固定給プラス成果賞与型に移行するという記事を目にします。

ゆえにあえて保険会社に直言すると、昨今の報道される生命保険会社の情報や事業戦略の方向性を見るにつけて、生命保険の販売を生業とする企業としての本質的なところを見失っているとしか思えないのです。

保険営業の敵か味方かわからないような意見になりますが、買う側からの意見としては、若干辛口で申し上げたいところです。リスク慣れしていない現代社会における生命保険の社会的役割を考えると、一言わずにおれない悲しさです。

■保険営業がきつい現実、厳しさと挑戦を乗り越える解決策。

◆ 保険営業のノルマと社会的役割、リスク認識。

保険会社の事業戦略は、保険を販売する保険営業のスタンスや考え方にも多大な影響を与えます。生命保険の販売では多くの場合、興味がない顧客を見込客に育てる手順が必要です。損害保険のようにいきなり生命保険が売れるということは、それほど多くはないのです。

人間は知らない他人には冷淡です。まして保険営業ということであれば面談のチャンスを作ることさえハードルが高くなります。持論ではありますが保険営業は、生活をかけた自分の気後れとの戦いなのです。形のあるものを売る営業と異なり、誰かが背中を押し、プレッシャーを与え続けないとモチベーションを維持できないのです。

保険会社には、ノルマ以前に非情な締切というものがあります。期限までに契約を上げないと給与や資格に直結します。何としてもあと一件できなければ降格、退社という場面もあるのです。上司がことさらに朝礼などでプレッシャーをあおらなくても、締切までに結果が出なければ生活ができなくなるというような、無言の圧力を感じる仕組みになっています。

そこまで厳しい保険営業の世界であるからこそ、甘い営業は淘汰され、できる営業は、顧客のリスクに踏み込んで理解頂き、契約を取ることができると言えます。覚悟ができていない固定給の平穏な営業にこの踏み込みはできないでしょう。

その一歩を踏み込む保険営業がノルマを達成し、成果を上げることで保険契約者は増えていきます。

保険会社は今一度、生命保険がすすめられなければ自分で進んで入れない、特殊な商品であるということを理解すべきです。自分とその家族、あるいは経営している会社のリスクに気付くためには、身近に保険事故を見聞きするとか、誰かにリスクをこんこんと説明されないと理解が深まらないのです。

◆ 生命保険会社の固定給化の苦悩。

コロナで顧客訪問が難しくなり、保険営業に課せられるノルマが問題化したことにより保険会社の給与体系は、成果報酬型から固定給プラス成果賞与型に移行する会社が出てきました。

保険の営業管理としては、まったく甘くなるでしょう。成果が出なくても食べていけるだけの給料がもらえて、馘にもならないなら保険営業は楽な商売になります。

営業はもともと糸の切れた凧のようなもので、一歩会社を出れば自由です。自己制御ができなければたちまち成果に現れます。

極端な事例で申し訳ないですが、日報や活動手帳など慣れれば一週間先まで記入することができます。保険営業はぬるま湯につかっていては生き残れません。気が付かないうちに、茹でガエルになることに気付かせるマネジメントが必要なのです。そのためにはノルマ管理と叱咤激励が必要になります。

今期で転勤する国内生保の営業部長が嘆いていましたが、管理がやさしくなるにつれて反比例のようにどんどん業績が下がるというのです。これは営業というよりむしろ人間の本質です。コロナ禍で業績が低下して売上が低迷する本質的な原因が見えにくくなっているということはあります。でも保険営業の最前線で苦吟した経験がない社長が来ると、誤った方向性を打ち出して悦に入ってしまうのです。固定給プラス成果賞与型で保険営業の目標とする成果は期待できないと言えます。

それは、保険営業の問題だけにとどまらず、保険契約により本来契約者になるはずであった顧客がリスクヘッジできたかもしれないチャンスを失っています。保険はすすめられなければ入れないものであり、リスクは身近に感じないとわからないのです。生命保険は営利事業であるという反面、相互扶助であるということを考えるなら、保険営業の使命と社会的役割を再認識すべきなのです。

◆ 壁を越えられない保険営業はノルマと自己欺瞞に負ける。

保険営業をしていると自己欺瞞(自分で自分の心をあざむくこと。 自分の良心や本心に反しているのを知りながら、それを自分に対して無理に正当化すること。 )の壁に行き当たります。それに対して信念と忍耐で耐え抜けるかどうかということが問われます。

本当に顧客の立場に立ち顧客の利益とリスクヘッジを考えて、より良い提案をしているかどうかを自分に問いかけると疑念が湧いてくるのです。自覚はしなくても、本心から欲しいのは成果であり、ノルマをクリアし会社に報告できる今月の一件です。その結果、夜討ち朝駆けのお願いモードに入るのです。こうなると保険営業が辛くなるばかりか、自己嫌悪まで出てきます。まさに自己欺瞞であり自己矛盾です。

自己欺瞞を自覚して壁を越えられないと、保険営業は続かずに転職もやむなきとなります。保険営業をやめた後も夢にでてくるほど保険の締切プレッシャーは人を追い込みます。しかしその圧力が保険営業を行動させ、ノルマを克服し生活できるだけの収入を生み出します。

その保険営業の苦労が社会に役に立っているのです。顧客との関係に踏み込んで、リスクを理解していただくという役割が保険営業にはあります。ただの一見さんで終わる甘い営業では、保険が必要な顧客に届きません。顧客のリスク認識の壁が破れないのです。

◆ 保険営業は個人事業主、ノルマ以前に成果報酬型が基本、まとめ。

保険営業は多くの場合、食えない程度の固定給をベースにした成果報酬型が基本であり、経費は自分持ちの個人事業主です。保険営業の評価においては、プロセス評価や貢献度評価などは意味をなしません。

結果が出なければ、収入が確保できませんからノルマ以前に生き抜くすべを考えなければならないのです。いかにのんびりした保険会社でも契約のとれない保険営業に支払う費用は、ないと考えるべきです。

保険営業にとり、保険契約を成約できるかどうかの成果がすべてです。保険会社も表向きは体裁も必要でしょうが、社会貢献や働き方改革などと生ぬるいことを考えていると食いはぐれます。営利目的の法人であれば、儲からないことはやってはいけないのです。なぜならそれは既契約者への不利益につながるからです。

日本の国内では、自動車保険は100%だと思います。無保険車が公道を走っているようなことはさすがにないと言えます。しかしいかに保険好きの国民性でも生命保険の契約率は、生命保険文化センターの令和元年度の調査よると、男性で81.1%、女性で82.9%となっています。保険契約率は高くても、今や生命保険は多様化し遺族となる家族の生活保障とならないチンケな生命保険や元を取れない医療保険が大手を振っています。本当に必要な保険はまだ足りてはいないのです。

生命保険の役割は、働き盛りの家長の万が一に備えた、家族の生活保障です。そこまで理解したうえで、顧客に真に役立つ生命保険を売るためには、使命感と締切りを乗り越える覚悟が必要です。保険営業は生半可な覚悟ではつとまらない、そのことを理解すれば、ノルマがどうのこうのと言っている甘い管理がいかに経営を圧迫するか考えるべきです。そして結果的に保険営業が本当に保険の必要な顧客に、適切な生命保険を販売するチャンスを失うことになるということが、理解できるのではないかと思います。

かんぽ生命の体質はノルマだけではない。

生命保険契約は敢えてその事を言い出さないと取れない。

生命保険は相互扶助、戦争には対応できない保険免責。

ウクライナの悲劇から見えてくるものは、想定外の惨事、国際秩序では正義や道理はなすすべがなく、力がすべてです。かつての人類の歴史が示すように、支配者の保身が惨禍につながるということのようです。

ところが戦乱はどこの保険会社もどの保険も原則免責、これは仕方がないのです。他の言い方では、変乱とも言いますが、変乱とはとは戦争にまでならない内乱、クーデターなどの暴動です。どこの保険会社も使う言葉で変乱とは「変が起こって、世の中が乱れること。騒乱。」という意味です。いわゆる変乱で保険金がまるっきり支払われないのでしょうか。

■保険の基本は終身保険、メリットと特性に注目。

◆ 保険金が支払われない3つのケース。

保険事故が発生しても保険金が支払われない主なケースを3つあげます。保険金が支払われないケースと言ってもそれは、保険会社にしてはむしろ契約者の公平性を確保するうえで当然のことです。しかし「戦争、その他戦乱」の場合だけ意味合いが異なります。

1)告知義務違反

虚偽の告知を行い保険に加入すれば、告知義務違反です。巨額の保険金を支払う場合は必ず調査が入ります。そこで告知義務違反が確認され、契約が解除された場合、当然保険金は支払われません。ただし、告知の内容と死因に因果関係がない場合は、保険金が支払われる場合もあります。

■告知義務違反のリスクと知っておきたい告知のさじ加減。

2)保険金支払いの免責事由に該当

保険会社により期間が違いますが、多くの場合責任開始日から1年から3年以内の被保険者の意思による死亡は保険金が免責となります。もちろん保険金殺人は論外です。また契約者や被保険者には責任がありませんが、戦争、その他戦乱によって被保険者が死亡した場合も免責となります。

3)保険契約の失効

払込猶予期間内に保険料の払込がなく、契約が失効した場合は保険金が支払われません。何度も督促があり、保険料支払いの猶予期間が過ぎても保険料が支払われなければ失効免責となります。

上記以外には、保険契約者、被保険者または保険金の受取人が、反社会勢力に該当すると認められると保険金が支払われないことがあります。

保険金が支払われないケースとして明らかなように、戦争や戦乱で死亡しても保険金支払いの免責事由に該当するわけです。多数の死者が発生する状況では、保険という仕組みが成り立たないのです。平和な国でなければ保険が成り立たないわけです。何やかんや言っても日本は民主的で平和な国家であると言うことです。

■保険会社は元から破綻しているが、オドロキの潰れない理由。

◆ 戦乱による保険免責について考察。

プルデンシャル生命のサイトから以下情報を引用しました。保険会社としてのスタンスがよくわかります。払えるだけは払いますが、限度を越えたら保険金は払えなくなりますよと言っているわけです。

戦争その他の変乱とは?

・「変乱」とは戦争まではならない内乱、暴動等のことをいいます。

・お支払いできない場合として「戦争その他の変乱」を定めておりますが、これにより死亡、高度障害になったり、入院や手術をした被保険者の数が保険料計算に影響を及ぼさない限り、保険金や給付金の全額をお支払いします。

保険会社は基本的に営利企業です。保険料の算出は、予定利率と予定死亡率、予定事業費率の計算によって決まってきます。保険会社の損益の指標に基礎利益がありますが、予定死亡率が大幅に上回り保険金支払いが膨らむと基礎利益を圧迫します。

戦争などで一度に大きな保険金支出があると保険会社を守るため支払い金額が削減されたり、保険金を全額支払わなかったりすることがあります。全く払わないと言っているのではなく、限度を越えた保険金支払いには制限をかけるということのようです。

■生保決算、コロナ禍で保険料等収入減と運用難の苦境。

◆ 戦乱は保険免責、まとめ。

ロシアによるウクライナ侵略は、ニュースを見ていられないほど気の毒です。多くの市民が犠牲になり核施設まで攻撃対象になっています。これこそまさに戦争であり保険が無力さをさらけ出すことになります。

何度も申し上げますが、保険は平和でなければ機能しない仕組みなのです。多くの悲劇には対応できないと言う特性があります。だから保険は無力だということにはなりません。万人はひとりのために、ひとりは万人のために 「相互扶助」こそが保険の本質です。人間である以上争うのではなく助け合わなければなりません。

戦争では得るものはありません。侵略されるほうも侵略するほうも大きな痛手を被ります。戦争には無力ですが、生命保険は、その意味では平和社会の象徴と言えるかもしれません。

■人生には生命保険であがなうことができない悲劇がある。

リビング・ニーズ特約とは、わかりそうでわからない不思議な無料特約。

遺贈寄付がすすまない日本的理由。

遺贈寄付がすすまない日本的理由。

遺贈寄付とは、だれもができる社会貢献です。相続税がかからない庶民でも遺贈寄付はできますから、人生の最後に善行を施すことができます。

ところが、遺贈寄付がなかなかすすまない深い理由があります。その中には日本という国民性によるところに、根本原因があるということもありそうです。

遺贈や贈与、死因贈与については下記の記事に詳しく書きました。遺贈とは、遺言により人に遺言者の財産を無償で譲ることですが、遺贈されるのは人でも法人でもかまいません。

■死因贈与とは、相続・遺贈の違い、メリットデメリット。

■遺贈と贈与・相続人と受遺者の違い、ここを具体的にくわしく。

寄付と贈与は、基本的に他者に財産を無償で譲渡するという点では、同じことです。しかし寄付と贈与で異なるのは、財産を譲渡する相手と公共性です。寄付は公共的な目的のために活動する法人に、財産を無償で譲渡することです。

寄付に該当しない贈与は、贈与する側と受ける側の意志が合致して成立する一種の契約です。

遺言などによる遺贈で寄付をすれば、遺贈寄付というわけです。

■家督相続から法定相続が招いた家族崩壊。

◆ わかりにくい遺贈寄付とは?

遺贈寄付という言葉があまり一般的でないので、よけいにわかりにくいかもしれません。でも死後に相続財産をどこかに寄付することであることは見当がつきます。ただ遺贈寄付の方法にも、いくつかのパターンがあります。

もっとも普通の方法は、遺言書で寄付を指定することです。寄付というからには、財産を公益法人などに無償で寄贈することになります。寄付する先の公共的法人や遺贈寄付の種類を説明しました。

・公共的法人とは?

NPO法人、公益法人、学校法人などの民間非営利団体や、国、地方公共団体などが公共的な法人です。また宗教法人などへ遺贈寄付することも可能です。どこに遺贈寄付するかは、被相続人の意思によります。

・遺言書による遺贈寄付

原則的には被相続人(死亡した人)が、遺言書によって公共的な活動をする法人に無償で財産を譲渡することを遺贈寄付と言います。それ以外にも、相続財産を引き継いだ相続人が故人の意向に従い、公共的な法人に寄付をしても遺贈寄付と言えると思います。

・死因贈与契約で指定

また死因贈与契約により贈与しても、遺贈寄付と言えると思います。死因贈与契約は、死後に財産を受け取る者と被保険者死亡によって効力を生じる贈与契約を締結することで成立します。

・個人信託で寄付を指定

死亡した被相続人の財産の全部または一部を、民間の非営利団体等に寄付することを個人信託で指定することができます。

・生命保険の受取人指定

生命保険の受取人を、寄付したい非営利団体とする契約を締結することでも遺贈寄付ができます。生命保険の受取人指定は、遺言書と同じ効力があります。

・財産の指定方法

特定遺贈と包括遺贈があります。特定遺贈は不動産や現金など特定の財産を指定して遺贈します。包括遺贈は、財産の割合を決めて「半分」のように指定して遺贈する方法です。包括遺贈の方が指定は簡単ですが、分割できない遺産などがあると処理が手間取ることになります。

 

遺言による寄付を遺贈寄付と言います。遺贈を受けた法人には、相続税が課税されません。そのため非課税で寄付ができます。

もちろん贈与税もかかりませんから相続税を払うよりは寄付の方に意義があると考えることもできます。

相続税として税金を払い、何に使われるかわからないよりは、安心できるかもしれません。寄付をすればかかるはずの相続税がかからないのですから、相続税の分も寄付できることになります。ただし公益法人でない株式会社などの普通法人への遺贈は、所得になりますから法人税がかかります。

遺贈寄付を受けたのが個人や法人格をもたないサークルなどの団体組織の場合は、しっかり相続税が課税されますから法人と個人でメリットが変わってきます。

相続税のことを考えると一般社団法人や一般財団法人、NPO法人などに遺贈寄付した方が効果が高いと言えます。

■相続の準備を終活と言わせない整理のコツをまとめ。

◆ 寄付は世界最低水準、保険は世界最高水準、日本の不思議。

日本は保険大国と言われるほど、保険の契約率が高い国なのです。しかし遺贈寄付に限らず寄付全体でみても、世界最低水準に近い個人寄付率なのです。

保険好きの寄付嫌いという、日本人の姿が見えてきます。なぜ日本人は寄付が嫌いなのでしょうか。どこかに遺贈寄付が進まない理由が潜んでいるような気がします。

相続の話にかかわっていても、遺言書で寄付をするという話はめったにありません。相続税がたくさんかかる資産家には、相続税の節税になるので氏神様に遺言書で寄進すればと申し上げても乗り気にはなられません。

寄付するくらいなら後に残る妻や子に残してやりたいという気持ちのようです。寄付という言葉に先立つ本音の気持ちは「お金が惜しい」ということのようです。

■おひとりさま相続とおふたりさま相続、遺言書が絶対必要な理由。

◆ 遺贈寄付の被害者は相続人。

日本人の場合、お金持ちほど寄付嫌いという傾向は、確かにあるように思います。遺贈寄付は、相続財産を相続権のある相続人以外に、おすそ分けする行為です。

被相続人が遺言をすると遺言者となります。遺言者が遺言に寄付を書けば、その結果相続人の取り分は当然少なくなります。

遺産をあてにしている相続人にとれば遺贈寄付ほど意味がなく、面白くないことはありません。自分がもらうべき財産を、他人にタダでくれてやるわけですから納得できない気持ちもわかります。

遺贈寄付がかかれた自筆証書遺言を発見した相続人は、何を考えるでしょうか。公正証書遺言で遺言執行者が指定してあれば、さすがに従うよりないでしょう。

しかし相続人全員が遺産分割協議で合意すれば、遺贈寄付を反故にする可能性がないとは言えません。遺言者だけでなく、相続人が遺贈寄付の障害となり得ることもありそうです。

遺贈寄付を確実に実行したければ、遺言書で遺言執行人を指定し、そのことを相続人と遺言書執行人に周知しておくことです。そうすれば遺言書を握りつぶされるリスクを少なくすることができます。

◆ 遺贈寄付がすすまない日本的理由、まとめ。

ふるさと納税は寄付の一種ですが、寄付本来の社会貢献とか自尊感情や幸福感を高める効果とはズレがあります。動機が少々不純ではありますが、寄付の目的が節税ということはあり得る動機です。

日本人が寄付嫌いな理由は、寄付の管理団体に対する不信感、経済的余裕のなさ、寄付の手がかりが少ないなどがあげられます。

一番大きな要因は、日本人が根本的には個人主義的で寄付をすれば、自分のお金が減るだけと考えていることです。寄付をするよりも貯蓄が大事であり、なにより現金を抱えている安心感、という日本人の気質だと思います。

老後の備えとして貯蓄するか投資するか、寄付するかとなれば貯蓄を選択するのは日本人的な感覚だと思います。

また普通の寄付であれば、感謝の言葉やお礼状が届くかもしれません。でも遺贈寄付では遺言者にとれば、死後の寄付になりますから、あの世までは感謝が届かないということはデメリットかもしれません。

筆者の場合で自問してみても、寄付しようという発想がありません。少ない財産を遺贈寄付しようなどとは思いつきません。しかし、もう少し日本人も社会性のある国民性をはぐくむ必要がありそうです。

せめてウクライナ向けのクラウドファンディングに協力するとか、ユネスコに寄付をして恵まれない子供たちの支援をするとか。

ところが、憤慨したり同情したりするものの財布のひもは固い、うーんやはり日本人の気質のようです。

相続人以外への遺贈は2割加算、生命保険の受取人が孫なら2割加算 。