パワハラのリスクは保険でカバーできるか?部下指導の認識相違がアブナイ!

パワハラのリスクは保険でカバーできるか?部下指導の認識相違がアブナイ!

2022年4月からパワハラ防止法の義務が、中小企業や個人事業主まで拡大されました。ハラスメントとは嫌がらせと言う意味です。パワーハラスメントとは地位の高いものが、自らの立場や権力を傘に嫌がらせを行うことです。パワハラを受けたと主張する従業員から訴訟を受けると裁判になります。

ハラスメント行為による損害賠償が認められると、多額の賠償金の支払いが発生する可能性があります。そのリスクを補償するのがパワハラ保険です。

リスクのある所に保険ビジネスはあります。しかし中小企業の現場に籍を置きその実態の厳しさを知るものとして言えば、パワハラ保険の意図するところは経営上の自己矛盾をあぶりだしてしまうような気がします。

■パワハラの誤解はハラスメント、経営者の視点で切り分け。

◆ パワハラと部下指導の認識相違がアブナイ。

社員は厳しく指導しないと成長しません。高めの目標を与えて困難に立ち向わせ、その結果、試練を乗り越えて一人前になるのです。ブラック企業ならずとも社員には厳しく指導・教育するのは、むしろ企業として当然です。

戦力にならない社員を多数抱えても、会社の利益にはつながらないからです。指導される社員にすれば、適応して努力するか、被害者意識が嵩じて抑うつ状態に陥るかはその社員の資質にもよります。

概して言えることは、体育会系の社員はタテ型になれています。それゆえ打たれ強く、一方文科系の社員は自己主張が強く、厳しい指導に対して抵抗力が弱い傾向があります。」

・転職先で役に立つ社員に仕込む。

経営の立場から言えば、パワハラを気にして優しいことばかり言って社員をおだてていてもよくありません。自分の問題点に気づかず、本人が成長しないと言うことがあります。さらにそればかりか、ダメ社員となって組織の歯車が狂うことにすらなります。パワハラと一口に言っても部下指導という観点から見れば、双方の認識には大きな隔たりがあるように思います。

たとえやめて転職することになっても、転職先で役に立たない社員にならないよう仕込んでやるのが親心と言うものです。これから先の時代では、労働者の売り手市場になり、ステップアップを求めて転職を選択する社員も多くなると思います。やめていくことを前提に、よそへ行っても恥ずかしくない社員に育てておくというくらいの指導が必要になるでしょう。

■社長が怒鳴るとパワハラ、恫喝より品格が社長の責任。

◆ 厳しい目標、叱責はハラスメントか。

「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」といって無理難題を押しつける経営者がいます。社員を追いつめる指導は、パワーハラスメントになるのでしょうか。

人の成長は、外部からのインプットによってしか成し遂げられません。指導が甘いとぬるま湯にどっぷりつかる、いわゆるゆでガエル社員になってしまうのです。

ハラスメントとは、社員に対する嫌がらせやいじめなどの迷惑行為を指します。しかし受け取る側の社員によってパワハラと厳しい指導は紙一重になります。ただ厳しい指導とは言えその社員の属性や人格を否定するような言動は、避けなくてはいけません。

結果的に、その社員が不快感を覚え自分の尊厳を傷つけられたと感じるところからパワハラへと進みます。ただ、社員のうかつな失敗や怠慢な行動に対して叱責することは、組織として当然あるでしょう。

そこにパワハラ訴訟のリスクがあります。上司にすればパワハラを意識して部下を責めるようなことはないと思います。でも意識しないうちに、結果パワハラになっているということもあり得るわけです。そこにハラスメント行為による損害賠償を補償する、雇用慣行賠償責任保険の可能性があります。

◆ 雇用慣行賠償責任保険(パワハラ保険)とは?

雇用環境が変化していることを感じるようになりました。雇用されている労働者の立場が一層強くなり、一つ間違うと訴訟リスクがあり得ます。一口に雇用リスクと言ってしまえば簡単ですが、実際は解雇に関わるトラブルやハラスメントによる慰謝料請求などによる可能性があります。

たまたまAIG損保の雇用慣行賠償責任保険の資料に目を通していましたが、労働相談件数は、10年連続で100万件を越えているそうです。これらがみんな訴訟になるわけではありませんが、以前よりリスクの高まりはあると思います。

雇用慣行賠償責任保険では、弁護士費用や賠償請求に対する保険金の支払があります。保険で対応するようなことでもないように思いますが、ニーズがあるから保険がるわけです。今後、雇用リスクに対する対応が必要になるかもしれません。

従業員と企業の間のトラブルは多様化しています。ハラスメントや不当解雇など雇用トラブルに備える場合、有効な保険が雇用慣行賠償責任保険(パワハラ保険)というわけです。

・パワハラ防止法を無関係と考えない。

多くの経営者にとれば、パワハラ防止への取組みが法律上義務化されたことは自分には関係ないことと考えておられると思います。しかし、世間の見方は大きく変わっており、パワハラなどの労働者に不利な状況は、事業主が責任を問われやすい環境になりつつあります。

ハラスメントなどの雇用トラブルの被害者が声を上げやすい環境になり、事業主にとって賠償リスクの増加があると思います。このような従業員と企業の間のハラスメントや不当解雇などのトラブルに、備える保険として、雇用慣行賠償責任保険(パワハラ保険)が有効になっているということのようです。

■中小企業の経営課題はその日暮らし、体験を側近が語ると泥縄経営。

◆ 改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)の限界。

パワハラにより自らの命を絶つという、悲惨な事件もありました。ハラスメント行為を問題視する傾向の高まりは、社会的な風潮です。これまで泣き寝入りであったハラスメント被害者が声をあげやすくなった点も、パワハラ保険が急増している背景にあると思います。

パワハラを受けたら転職すればよいではないかと思う方もあると思います。しかし未熟な社員では、そういう開かれた選択肢が見えなくなり抑うつ状態になります。

家族が同居していれば、気が付いてアドバイスもできるかもしれません。でも独立して暮らしていると知らない間に手詰まりとなり、逃げだすことすらできなくなります。そういう悲劇を防ぐためには、パワハラ防止法に抑止効果を期待できるかもしれません。

ただパワハラ防止法は、中小企業の泥縄経営の実態が見えているわけではなく、法律だけが先行している感じがします。果たしてパワハラ防止法で抑止できるかどうか、コロナ禍で返済に迫られている中小企業に、そのような配慮ができる余裕があるかどうか、現実を見ると限界を感じるところです。

◆ 中小企業のパワハラ保険と自己矛盾まとめ。

パワハラ保険は、損保会社から販売されています。安い掛け金で、裁判費用や賠償責任が発生したら賠償額の支払いにあてることができます。あくまでも加害者になり得る企業側の補償です。会社に所属する従業員が取引先から賠償責任を問われた場合は対象外です。

雇用慣行賠償責任保険、人呼んでパワハラ保険は中小企業にとり図らずも自己矛盾をあぶりだす結果になっています。

社員は高い目標をあたえ追い込んでいくから成長するという考えの経営者がいます。そういう方には、まさにパワハラ保険とは何を寝ぼけたことを言っているのかということでしょう。

しかし世相は変わり、あたりまえの指導が苦痛になる脆弱な社員も入社してきます。嫌ならやめたらいいだろうという考えは通用しません。そこに雇用慣行賠償責任保険(パワハラ保険)のビジネスチャンスがあるように思います。

高齢社長が引退しないと困る理由、本音はやめたくない。

脱税は犯罪、保険で儲けてもマルサは突然やってくる、冷や汗体験談。

脱税は犯罪、保険で儲けてもマルサは突然やってくる、冷や汗体験談。

マルサの正式名は、国税局査察部の国税査察官です。

さすがにマルサの強制捜査を受けたり、反面調査の立ち合いをしたりした経験がある財務担当者はそれほどいらっしゃらないと思います。

よほど悪質な脱税行為をしていないとマルサ(国税査察官)に捜査されることはないわけですから、マルサの調査に立ち会ったのは貴重な体験と言うわけです。

■優良申告法人の税務調査のウラ話、現場のリアルを体験から。

◆ マルサ(国税査察官)とは何者か?

定期的に税務署から税務調査に来る上席や統括官は、国税調査官と言います。きちんとアポを取り、礼儀正しく訪問して適正な申告が行われているかを実地調査します。

ところが国税査察官は、アポなしで突然やってきます。警察の捜査と同じで悪質な脱税者に対して強制捜査を行う権限があります。証拠隠滅をされないよう、有無を言わさず踏み込んで捜査・差押さえをします。そして脱税の証拠を押さえると検察官に告発します。有罪となれば、刑事罰が待っています。

同じ国税でも調査と査察では、対応が大きく異なります。宮本信子の映画で「マルサの女」というのがありましたが、まさにそれです。

■恐怖の質問検査権、税務調査で電帳法改正の狙いが明らかに。

◆ マルサの反面調査も予告なし。

マルサは脱税の裏付け証拠を押さえるために、取引企業に反面調査に来ますが、これもアポなしで突然やってきます。

脱税の捜査は国税犯則取締法で定められた犯罪捜査であるため、証拠の隠ぺいや逃亡を阻止する目的で事前連絡や同意なく行われます。これは調査を受ける企業は、断るに断れず大変な迷惑になります。

黒ずくめの国税査察官が2名、大きな黒バッグを下げて玄関先に立たれると何者かという緊張が走ります。2つ折りの身分証明書をかざし、無遠慮な態度で調査協力を要請してきます。反面調査される企業が、逓増定期の名義変更を何本も行って資金移動をしていると、脛に傷ある身の上を感じてついに来たかと身構えます。

OB税理士の先生に連絡をとり、すぐにおいでいただくよう手配します。OB税理士の先生が来るまでお待ちいただきたいと言うと、国税査察官は「しまった。」という顔をします。名刺もださなければ、出されたお茶に手も付けません。

この時はある企業の捜査における反面調査中で、取引内容を確認するために来たのでした。実害がなさそうなので調査に協力することになり、言われた保険証券のコピーを提出しましたが、正直言って内心冷や汗ものです。

◆ マルサに狙われる保険代理店。

バレンタインショック以前では、節税保険や名義変更スキームが花盛りでした。保険代理店は巨額の生命保険契約で、莫大な利益を得てきた時期がありました。税額も半端ではありませんから、節税に躍起になります。

高級外車は複数台、海外旅行や海外への資金移転などを頻繁に行っています。まともに納税する気にならない、代理店経営者も多数おられたわけです。

そんな中で行き過ぎた節税策や海外への資金移転をやり過ぎると、マルサと呼ばれる国税局査察部の査察を受ける羽目になります。前項にも書きましたが、マルサは税務調査とは違います。国家権力を駆使した強制捜査です。出されたお茶に手を付けることもなく、見解の相違などの言い分は聞く耳をもたず、まるで犯罪者扱いの捜査です。

脱税を擁護するわけではありませんが、一度身についた贅沢とステイタスは手放せないとしたもので、金に対する執着は強まります。代理店にすれば、節税のつもりが、国税から見れば、悪質な脱税ということもあります。

節税と脱税の切り分けは、立場かかわれば見方も変わります。節税ならぬ脱税は、犯罪意識がなくても国税側からすれば、犯罪ですから仕方ないのかもしれませんが・・・。

■保険業法で規制されている独自資料のやり放題、保険代理店の野放し。

◆ 脱税は犯罪、マルサは突然、まとめ。

マルサ(国税査察官)が捜査を行い脱税を犯罪として立証し、検察官に告発する割合は7割程度だそうです。告発されると相当な率で有罪判決となるようですから、もはや見解の相違では済まなくなります。甘く考えていると、前科一犯と言うわけです。

マルサのターゲットとなるのは、最近の資料では第一に消費税、その次に無申告、そして国際取引となっているようです。保険では消費税を預かることはありませんから、無申告と国際取引が狙われそうです。保険契約で手にするコミッションは保険会社から代理店に支払われますから、ここは嘘も隠しもできないガラス張りです。

節税保険が封じられてから、もはや保険で一旗揚げることは夢物語となりました。保険代理店では、今や事業承継も絵になりません。マルサもターゲットを富裕層に絞るほうが効率が良くなるでしょうから、保険代理店がマルサに狙われるようなこともなくなると思います。

いまさらながら保険営業の野心的に言えば、マルサに狙われるくらい儲けてみたいものです。

元国税調査官の自己矛盾を暴くと驚く話が山盛り。

除外合意は保険営業チャンス、自社株高騰による遺留分侵害対策。

除外合意は保険営業チャンス、自社株高騰による遺留分侵害対策。

除外合意とは、正式には経営円滑化法の一環として遺留分に関する民法の特例と言います。

誠に小難しいことを申し上げています。事業承継を迎えているオーナー経営者へのアドバイスという面よりも、実は法人保険を扱われる方への営業切込み戦術として提案している面があります。

今や法人保険業界は節税保険が行き詰りました。名義変更スキームを会社ぐるみで進めていた某社は強烈な行政指導が入りました。もはや打つ手がなくなった保険営業の方に少しでも営業のヒントになればと考えています。

除外合意などというキーワードを検索する方はほとんどないと思いますが、そこにチャンスの芽があると言えます。

保険営業に向いている人にプロの微妙なコツを詳しく伝授。

相続税がかからなくても遺留分の大問題。

◆ 自社株贈与を万全に行ってもまだある特別受益もち戻しリスク。

生前に後継者に対して自社株を贈与することは、よく行われる事業承継対策です。新株予約権付社債発行退職金支給などで株価を大幅に下げて相続時精算課税制度を利用します。また多少グレーな手法でも低い贈与税率で期間をかけて暦年贈与を繰り返して自社株を後継者に集中します。

そうすることで自社株が相続財産から外れ節税になるだけでなく、経営権を後継社長に集中することができます。

用意周到に事業承継を進めても、相続では後継者以外の相続人の権利として遺留分という問題が浮上してきます。遺留分の算定では厄介なことがあります。生前に受けた贈与などの特別受益は持ち戻して、現在価値で算定するというルールがあります。自社株の生前贈与もこの特別受益にあたります。

せっかく苦心惨憺して安い株価を作り出し贈与してきたものを、現在価値で再評価されたのでは何倍もの評価額になることもあり得ます。後継者が会社を成長させるほど自社株評価が高くなり、遺留分問題で自分の首を締める結果になるという皮肉です。

その結果、想定外の過大な遺留分算定となります。経営には関与も貢献もしていない後継者でない相続人の取り分が大きくなり、後継者に集中したはずの自社株や資本が分散することにつながります。

そういう特別受益のもち戻しを防ぐために、旧経営者は遺言書などで特別受益のもち戻し免除の意思表示をすれば事足ります。しかし争いになるとそれだけでは安心できないリスクがあります。

会社を守るために万全の対策を行うというのであれば、お元気なうちにもう一歩踏み込んでください。押さえの手段として除外合意を検討する必要があります。

言ってみれば、そこに一つの保険提案のチャンスがあります。

特別受益と遺留分減殺請求は経営者の落とし穴。

◆ 円満に除外合意ができるとは限らない、予定相続人の胸の内。

会社を守っていくためには、後継者に経営資本を集中することが必要です。

後継者以外の相続人にとれば、除外合意とは遺留分の権利を放棄することです。

本来権利として法律が認めているものを民法の遺留分に関する特例という理屈で取り上げられるのですから、よほど物分かりのよい予定相続人でも面白かろうはずがありません。

特に、経営から排除されたような兄弟がいる場合は、除外合意をまとめるのは難しくなると思います。旧経営者が、超ワンマンで会社も家族も支配しているときは、カリスマ性がものを言います。しぶしぶでも予定相続人はハンコをつくでしょうが、そうでないと円満に除外合意が成立するとは限らないのです。

そういう場合、後継者でない予定相続人が納得できる代償を用意することで、話を収めるより手がありません。代償として有効な手段は何と言っても生命保険だと思います。旧経営者を被保険者とした生命保険に加入し、その受取人に後継者でない予定相続人を指定します。

■遺留分放棄を後継者ではない子にさせることは違法か。

生命保険金は税務上相続財産に含まれますが、受取人固有の財産として確立しています。遺産分割協議にかける必要がありません。除外合意に同意する代償として、生命保険の受取人に指定することで予定相続人の胸の内も少しは治まるというものです。経営者でない相続人の納得を得る生命保険契約、この提案先を見つけるのは骨がおれるかもしれませんが、ハマる可能性がありそうです。

除外合意は権利としての遺留分を後継者でない相続人に放棄させ、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可を受けることで成立します。結構大げさな話ではありますが、会社経営と事業承継という大目標のためにはそこまで押さえる必要があるということです。

生命保険契約で代償を用意するにしても除外合意は、旧経営者である親の威光があるうち、それも元気なうちがよろしいようです。

改正民法2019|遺留分の現金支払と特別受益もち戻しの時効。

◆ 除外合意の真意、まとめ。

会社を守るための対策として行った自社株贈与の安全圏は除外合意です。

遺言書に特別受益のもち戻しの免除を書いておいても、自社株が高騰すれば遺留分の侵害になるという経営のジレンマがあります。

除外合意をしなくても相続人同士の仲が良く、経営承継の事情を納得していれば何も問題になることはありません。

ところが、相続人には配偶者がついているから、話しはこじれるのです。少々知恵のある相続人の配偶者やその知り合いの弁護士などがいると、予定相続人本人はその気がなくても乗せられてしまうということがあります。

相続人の配偶者にすれば、表立っての権利はないですが美味しい話です。サラリーマンをしていれば手にできないような棚ぼたの巨額な遺留分が手に入るかもしれないのです。うまくすれば外車に乗り、サラリーマンの悲哀からオサラバできるかもしれないのですから夢を見てしまいます。

苦心の事業承継がそういう話にならないよう、念には念を入れる仕組みが除外合意というわけです。この話に生命保険契約をからめて話をするためには遺留分と遺産分割協議の関係、特別受益の時効や遺留分計算の10年縛りなどの知識も押さえておかなくてはなりません。

かなりややこしいですが、わかりやすくマトリックスにまとめているサイトもあります。しこたま知識を仕入れてにわか作りを見破られないようしっかり情報武装しておくことです。

まずは、万全に準備したと思っている経営者にリスクに気付かせる切り込み方を考えて、いきなり本題に入らないことが大事ですね。

補足で説明しておくと、遺留分には2つの時効があります。一つは遺留分の侵害を知った時から1年という縛りです。もう一つは2019年からの新しいルールですが、遺留分の侵害を知らなくても10年経てば時効となり遺留分侵害額請求権を失います。難しい言葉で10年の方は除斥期間(じょせききかん・法律で定められた期間のうち、その期間内に権利を行使しないと権利が当然に消滅する場合の、その期間をいう。)と言います。

なかなか10年は長くて除斥期間を待っている間に旧経営者は弱ってしまいそうです。手っ取り早く強権を発動して除外合意をすすめるためには、代償となる生命保険契約という提案が出てくるというわけです。

遺言書か法定相続か遺産分割協議か、相続の優先順位は?

相続税、兄弟姉妹に遺留分がない理由。

介護は不公平、相続は公平では納得できない相続人の不公平。

介護は不公平、相続は公平では納得できない相続人の不公平。

それなりの年齢になると、否が応でも介護や相続という問題が身に降りかかってきます。避けたり拒絶したりすることは、反社会的行為として非難されそうです。

相続や介護という人間にとって普遍的な課題を、一人の人間としてどう乗り越えればよいのか、経験を交えて考察しました。

今は介護するほうで、相続人と言う立場だと思います。でもほどなく介護される立場となり、その先には被相続人としての意思表示をする責任が回ってきます。

しかし相続が発生すれば、被相続人はその責任から一気に開放されます。どうもその日までは一人の人間として、今生の責め苦を負うように設計されているように思えてなりません。

介護する人は、介護の不公平を感じています。しかし相続では、法定相続割合があり、それに従えば公平にわけることになります。そうすると相続の公平を不公平に感じるのは、仕方がないことなのかも知れません。

■相続はもともと不公平、兄弟でもめるとあの世で親が涙。

◆ 相続の公平さは民法の不条理。

不条理とは、事柄の筋道が立たないことを言います。かつての相続制度は家を守るためにありました。何を古いことを言い出すのかとお思いでしょうが、それはそれなりの社会制度として機能していました。

いまや個人の権利は、最大限尊重されます。民主主義の恩恵と言えばいかにも正義に聞こえますが、世の中は一極集中化がすすみました。

また出生率が大幅に低下し、人口減少時代となりました。地方は激しく疲弊し、家族が夫婦単位で離散しています。核家族化と言えば聞こえはよいかもしれませんが、その先にあるのは死にゆく個人、孤独死の現実です。

民法における相続の公平化が、すべての元凶などと言うつもりは毛頭ありません。ただ法定相続という財産の分配基準は、相続という場面では適切に機能しないことが往々にしてあります。

法定相続は、権利という点では公平になります。しかし財産分与という視点、被相続人の思い、介護に対する貢献度などを考え合わせると、公平とは何か考え直さざるを得ないことがあります。

相続という心情的に不確定なものを割り切ってしまう法定相続に対して、不条理を感じることもあると思います。それは相続人の立場の違いや親に対する思いだけはないと思います。

■相続での争いは譲れない人間の本性をさらけ出す深い理由。

◆ 介護が公平にできない理由。

相続には、是非は別にして法定相続という公平を前提とした基準が示されています。しかし介護には、公平と言えるような基準はありません。誰が介護するのか、介護される親の気持ちを含めて、公平にはなり得ないのが介護です。

介護というのは自分の時間を犠牲にして、先の見えないトンネルでもがき苦しんでいるようなところがあります。頑張らない介護とか親の介護で悩まないとか言う人がいます。でもそう簡単に割り切れるものではないことは、経験すれば痛感します。

介護は本質的に不公平なもの、自分への試練として受け止めるしかないのでしょうか。決して斜に構えて、悲観的に介護を見ているわけではありません。

不公平を不公平として受け入れ、誰かを責めるのではなく前を向いて自分なりにできることをするという覚悟です。しかし言うのは簡単ですが、そうはいかない介護の難しさです。

■相続争いはお金の奪い合い、生前から争族とは悲しい現実。

◆ 民法改正で介護者は救われるか?

介護は、いろんな人に回ってくる役回りです。子に限らず長男の嫁とか兄弟姉妹、甥姪や孫にもめぐってきます。相続的には取り分がない親族でも、介護者になることはあります。

介護者が相続財産目当てであったり金銭目的であったりということではなく、行きがかり上の責務のように介護を請け負います。

そういう意味では、介護とは最初から不公平にできています。しかし、その役回りを不公平だと言って投げ出すことができない拘束感が付きまといます。

民法改正で相続人でない介護者にも、寄与分を金銭的に認める法律ができました。しかし介護する人にとっては、到底納得できる話ではないと思います。金で済ませるつもりなら「お前が介護しろ!」と言いたくなるところです。

民法改正で介護者が救われる可能性は、微々たるものです。介護される人のことを思い、一人の人間としの責務として介護しているわけです。口先だけでろくに協力もしない親族には、とやかく言われたくないと言う思いは強いのではないかと思います。

弁護士の口車に乗せられて相続人に寄与料を主張すれば、金のために介護をしたようなことになり、雇われヘルパー扱いされても腹が立つばかりです。

■想いを残す「相続メモ」と生命保険の受取人指定で争族を回避。

◆ 介護の後には、100%相続が待ち受け。

介護の辛いことは、一生懸命に介護しても元のように元気にはなってくれないことです。それどころか日に日に衰弱し、介護の最後には見送る日が必ず来ます。すべての介護に共通することは、介護の後には別離と相続が確実にやってくると言うことです。

相続となると介護に貢献した人だけでなく口先だけの相続人、遠方を理由に電話すらかけてこない相続人がこぞって集まります。

そして遺言書がなければ、相続は法定相続を前提に遺産分割協議をすることになります。

そうなると相続人でない介護者などは、完全に蚊帳の外です。結局、相続の公平は、介護の不公平を埋められないということに行きつきます。

◆ 介護は不公平、相続は公平という矛盾、まとめ。

介護する人の気持ちとして、金のために介護していると言われるほど腹立たしいことはないのです。民法改正を盾に特別寄与料を請求できたとしても、介護に費やした時間や労苦に見合うものが得られるとは限りません。

どこまでも相続は公平で、介護は不公平にできています。介護人は、相続でも介護でも報われないようになっています。

遺産分割協議で介護の寄与分を強硬に主張すれば、これは紛糾と泥沼化が避けられないところです。最後に納得をお金にしてしまうと、お互いに後味の悪い割り切れない思いが残るものです。

本サイトの趣旨は、相続で保険活用をおススメするところにあります。介護者が相続人であれば、介護される方が判断力のある間に介護者を生命保険受取人に指定することはできます。

生命保険の受取人であれば、固有の財産とし他の相続人にとやかく言われる筋合いはなくなります。

また長男の嫁のような相続人ではない介護者の場合は、介護寄与分を上乗せし遺贈するとした遺言書を書いておくことが必要になります。

相続における介護の不公平は、生命保険でバランスをとるという考えが、収まりが良いように思います。そのためには遺言書も含めて介護される被相続人予定者が、世話になった介護人に対して生前に指定しなくてはなりません。

介護者にとって、それはそれで言い出しにくい話になります。でも介護の不公平を解消するには、生命保険や遺言書は、有効な手法だと思います。

相続に非協力的な相続人の本音と3つの落とし方。